卯の花色とカサ

金髪のヒトと戦って、五日が経った。今日はぱたぱたと雨が降っている。だからカサというものを買ってみようと、一枚の紙をヒトガタの左手に握りしめ近くの店までやって来た。お金は、彼を倒したあと眼鏡のヒトからお礼として貰ったモノ。

コレは、お金と言うモノらしい。ヒトにとっては大事なモノと聞いたことがある。お店にあるモノはコレがないと持ち帰れない、と小さなコを叱っていた女のヒトがいつの日かそう言っていた。なのに、僕にコレを渡すなんて眼鏡のヒトは変なヒトだ。


そういえば、金髪のヒトも金がどうとか言ってたな、なんてどうでもいいことを思い出していたら、たくさんカサが置いてある場所を見つけた。色々あって、どれを買えばいいか分からない。たくさんのカサをひとつずつ見ていたら、あるカサに目が止まった。

白い生地をぽつぽつと彩る淡い黄色の水玉。なんだか気になって、思わず手に取る。くるくると全体を眺めるけど、どこを見ても目に映るのは白に黄色の模様。それでも惹かれる何かがこのカサにはあった。いつしかどこかで見た、ヒトガタの僕の肌の色と金色の双眼になんとなく似ているからかもしれない。

不思議と親しみのあるコレに迷いはなかった。でも、手に持ってみたはいいものの、ここからどうすればいいのか分からない。好きなものを買ってね、と笑う眼鏡のヒトを思い出して"買う"の仕方を教わればよかった、なんて少し後悔する。

どうすることも出来なくてボーっと立ち尽くしていると、茶色い帽子を被った女のヒトが近づいてきた。何も面白いことなんてないのに、笑っているのはどうしてだろう。

「お客様、どうかしましたか?」
「コレ、買いたい」
「あっ、そうなんですね。案内するのでついて来てもらえますか?」
「分かった」

彼女は丁寧な口調で、ニコニコと疲れそうな笑顔を向けながら僕を先導する。連れてこられたところは少し高めの台の場所。その上にはよく分からない白い機械が乗っている。

それ預かります、と手をさしのべる女のヒトへ手に持っていたカサを渡すと、女のヒトは台の向こう側へと回り込んだ。僕も行くべきなのか。そう思ってついて行こうとしたら、そこで待ってていいですよ、とやんわり笑顔で止められた。

いい、と言われればそうするしかない。仕方なく、女のヒトが作業しているのをじっと見ていた。彼女はちょきりとカサに括られていた紙を切り外して、それを見ながらカタカタと白い機械を操作している。不思議そうに見る僕の視線が気になったのか、彼女はこちらを向くと相変わらず笑顔で笑いかけた。

「卯の花、にしたんですね」
「……ウノハナ?」

女のヒトの言っている意味が分からない。そもそもウノハナってなんだろう。そんな、頭を傾ける僕の考えが分かったのか、彼女はハッと慌ただしげに視線を彷徨わせた。そのほっぺたはほんのり赤い。

「あ、えっと…! これは、私が勝手に…名付けた、だけなんですけど。私、花が好きで。卯の花という花にこのカサの色合いが似ていたもので……」
「そう、いいんじゃないの」
「…っ! あ、ありがとうございますっ!」

それなりの返事。だけど、女のヒトは本当に嬉しそうに綻ぶような笑顔で笑った。何がそんなに嬉しいのか僕には理解できなかったけど、さっきの張り付けたような笑顔よりはこっちの方が全然いいと思う。

「……あっ、そうでした! えっと、消費税含めて、540円です」
「コレで足りる?」
「はい、大丈夫です。千円から、ですのでお釣りが460円、ですね」
「ン」

本来の目的を思い出したらしい女のヒトはお金の計算をする。しばらくすると、握りしめてぐしゃぐしゃになっていた紙切れは、数枚の丸いモノとなって返ってきた。あんな紙切れより、こっちの方がピカピカしてて価値がありそうなのに……ヒトって不思議だ。

そう思いながら再び左手に包みこんで、もうひとつの手でカサを受け取る。"買う"というのはどうやらコレで終わりなようだから、あとは来た道を戻るだけ。と考えたところで、また新たな疑問が生まれた。

「…コレ、どうやったら開くの」
「えっと、使い方ですか? これはですね、ここのマジックテープの紐を外して、ここの出っ張りを押せば開きますよ」
「……分かった、ありがと」
「はい、お気をつけて」

女のヒトに聞いてみたら、実際に手にとって丁寧に教えてくれた。分かりやすく説明してくれたから、僕でも出来そうだ。お礼を告げて、笑顔の女のヒトを尻目に今度こそ店をあとにする。

外はまだ雨が降っていた。それどころか、少し強さを増しているような気がする。新品のカサを言われた通りに開いて頭の上へと持ってきてみると、ぱたぱたぱた、と雨粒が跳ねる音がした。


コレはポケモンの姿では体験できないことだ。小さな音楽を聴いているようで、ちょっと楽しい、かも。水玉と同じ色の取っ手をくるりと回せば、カサに乗っていた粒たちがパラパラ、と飛び散る。上を見上げてみれば、黄色い模様とは違ったひと回り小さい雨粒の模様。カサひとつでこんなに景色が変わるなんて思っていなくて、つい夢中になっていた。


――だから、このときは気づかなかったんだ。普段は気づけるような音にも気配にも。

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