ハロウィン通りにはご注意を(2/2)


――5分程走った頃。
ようやく念願のハロウィン通りに辿り着いた。ほつれた靴ヒモを結ぶことも出来ずに走りっぱなしだった僕は、膝に手をつきながら全力で肺に空気を送り込む。まるでカツアゲされているような5分間だった。

疲れて崩れるように地面に座り込む僕に比べ、カーネとミネはまだまだ元気なようで。たくさんの人でひしめくハロウィン通りを見て、彼らは鼻息を荒くしながら飛び込んでいってしまった。僕の掠れて細くなった声では、二人を呼び止めることは出来なかったらしい。


「もうー…、この中から探すの大変なのに……」


よれよれの襟と伸びきった靴ヒモを直しながら独りごちる。まあ、言うことを聞かないのはいつものことなんだけど。まったく、困った相棒だ。

重たい腰をのそりと起こして、気乗りしないまま人の山へと潜り込む。行き交う人々は魔女や吸血鬼、狼男などのハロウィンらしい仮装で街を歩いていた。
中にはカーネたちのように人の姿になったポケモンも混じっているようだ。ベンチで寛いでいる全身が真っ黒の男の人は、恐らくグラエナ。頭の上で動く灰色の尖った耳と、黒いフサフサとした尻尾がそれを連想させる。ココロモリはギザギザに縁取られた翼を背中に残し、自由気ままに大空を羽ばたいていた。

通りも彩り豊かな化粧を施され、賑やかさをより一層際立てる。カボチャのランタンに、おばけのオブジェ。至るところに舞うオレンジと黒の風船にはランプが仕込まれており、まるで星屑のように淡く暗闇を照らしていた。
あまり派手な衣装は得意ではないけれど、普段着で来てしまったことに少しだけ後悔する。これだけ華やかな場所だと、逆に浮いているような気さえして。なんて思いつつも、また訪れた時は変わらず同じような格好をするんだろう、と苦い笑みを溢した。


「おい、アマル!」
「うっ、わ! びっくりした……驚かさないでよ、カーネ」


突然、怒鳴るように後ろから名前を呼ばれビクリと肩を揺らす。
縮み上がった心臓を押さえながら振り返ると、そこには大量のお菓子で両手が塞がっているカーネとロリポップを美味しそうに頬張るミネがいた。ガリガリと飴の砕かれる音が響く。カーネは頭にキュウコンのお面なんて付けて。二人とも僕を置いて随分とハロウィンを満喫していたようだ。


「お前、勝手にうろつくなよ。探すの面倒だろーが」
「それ僕のセリフだよね」
「俺はニオイで戻って来れるからいーんだよ」
「まあまあ、見つかったんだから二人とも怒んないの! ほら、アマルくんも食べなよ」
「あり、がとう…? ……これ、どこの屋台の?」
「あー、それそこら辺のガキからブン取ったやつ」
「今すぐ返してきて!」


ミネがカーネの持つコレクションから乱雑に取り出したのは、波状にケチャップがかけられたホットドッグだった。まるでフレンドリィショップに売られているかのような包装がされているとは思ったが、多分そうなんだろう。
ものすごく嫌そうな顔をするカーネを無理やり回れ右させ、ご自慢の嗅覚でその子の元へと行かせる。昼メシ代浮くのによ、だなんて恐ろしいことを言い残していったカーネの悪魔のような尻尾が、今だけは本物に見えた。


「…ていうか、カーネにまだお金あげてない気がするけど……。まさか、他のお菓子も誰かのとか、」
「あーっ、違う違う! あれはね〜、俺がもらったやつ!」
「もらった、ってあれ全部?」
「そ! 屋台のお姉さんがいっぱいくれた!」
「……君も結構、際どいことするよね」


口の中の飴が無くなったのか、ミネはズボンのポケットから違う色のロリポップを取り出す。再びガリガリと砕かれているそれも、例のお姉さんとやらがくれたのだろう。もちろん、ちょうだいと言っただけであんなに手が塞がるほど貰えるはずもないので、"メロメロ"でも使っておねだりしたのだと思われる。
カーネもカーネだが、ずる賢さでいえばミネの方が質が悪いのかもしれない。二人が意気投合する理由が少し分かった気がした。


「ねーねー、そんなことより射的したい! ほら見て、あの暗闇射的とか面白そう!」
「…ちなみにミネくん、お金は」
「持ってないでーす!」
「よくそんな大口開けて言えたね」


右手を元気よくあげて返事するミネに、泣く泣く僕のお小遣いから射的代を渡す。僕のお金をまさかミネから使うことになるとは思わなかったが、なんだかんだで渡してしまう辺り僕も彼には少し甘いらしい。

ミネの言う"暗闇射的"と書かれたお店の前に行くと、その名の通り本当に屋台の中が真っ暗だった。屋台の外で構えているお兄さんに話を聞くと、中には普通の射的のように景品が並べられてるのでそれを勘で落とす、と言う運便りの射的だそうだ。正直うさんくさいし、一応景品の並び順が書かれたボードが置かれてはいるものの、本当にその景品があるのかも怪しい。
ただの射的でさえ当てるのが難しいというのに、こんなのする人なんているのだろうか……なんて思っていたが、すぐ隣にやる気満々な該当者がいるのをすっかり忘れていた。


「よーっし、アマルくんどれがいい? 俺が取ってあげる!」
「えっ、うーん……じゃあ、特大お菓子ってやつ」
「おっけー! あのポテチのやつね!」
「ポテチ…ってミネ、もしかして見えてるの?」
「うん、バッチリ! 俺、夜目が効くからさ」


パチリとウィンクを決めるミネが、自信満々にこれをする意味がようやく分かった。夜目が効くということは、暗闇でもミネにとっては見えてるも同然というわけだ。
銃を持ち標的に標準を合わせるミネに、お店のお兄さんも思わず苦い顔。口を閉ざし、真剣な眼差しで構える彼の人差し指が動く。銃口の弾ける音と共に、何かが地面に落ちる音。その手はとどまることを知らず、リズミカルに次から次へと景品を狙っていく。

時間にして僅か数秒、といったところだろうか。
持ち弾を全て的に命中させたミネに、お兄さんも僕も開いた口が塞がらなかった。鋭くしていた目をころりと変えて、得意気にピースサインをするミネ。肩に銃を添える姿は、まるでその道のプロのように見えた。


「す、ごいね…びっくりした」
「ホントだぜ! ほらよ、坊主。お前が落としたやつだ」
「わーい、お兄さんありがとー!」
「……お前ら、俺抜かして何楽しそうなことしてんだよ」


ミネがお兄さんから景品を受け取ろうとした時。地鳴りのような声と共に、ヌッと覆うような影が射す。そろりと声の主を辿ると、そこには腕を組み仁王立ちをするカーネの姿があった。
今朝も見たような不機嫌そのものの顔に、彼の頭に生えているものが鬼の角のような錯覚を覚える。ハハ…と乾いた笑いを出すことしかできない僕とは違って、ミネは嬉しげに自分の取ったものをカーネに見せびらかせていた。彼の天真爛漫さだけは素直に尊敬する。


「…あれ? カーネ、さっきまで持ってたお菓子の山は、」
「食った」
「ええーっ、嘘でしょー!? せっかくカーネにもあげようと思ったのに! もう絶対あげないからー!!」


何気なく聞いてしまったことを少し後悔した。ギャアギャア騒ぎ立てる彼らの声に、通行人がチラチラと訝しげに振り返る。二人はそれに気づいていないらしく、大人しくなるどころか興奮していてさらにその声は大きくなり、語気が荒々しくなっていた。ざわつく周りにじわじわと恥ずかしさが込み上げてくる。すぐさま立ち去りたい衝動に駆られた僕は、いがみ合う二人を引き連れ歩き出そうとした。まさに、その時。


カツン、とヒールの弾む音が鳴った。


「…猫の少年。先程の銃さばき、実に見事だったよ」


たなびくミルクティー色の髪の毛に、大振りの黒いサングラス。突然声を掛けてきたその人は、パチパチと手を叩きながら薄く笑みを浮かべていた。
流石にその声には気づいたらしく、言い争っていた二人もキョトンとした顔で彼女の方を振り向く。黒い服に身を包んだ彼女に当然見覚えはなく、何の前触れもなく現れたその人にカーネもミネも戸惑いを隠せないようだった。

そんな僕らの困惑を気にした様子もなく、彼女は続けてこう言った。


「一つ、君達に聞きたいことがある。もっと難しいゲームに興味はないかしら?」



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