ハロウィン通りにはご注意を(1/2)


「ねえ、アマル……あんた、本当に行くのかい?」
「もう…お母さんまだ言ってるの? 心配しすぎだって。カーネたちも待ってるし、僕もう行くよ」


玄関先、靴を履き終えた僕は後ろでごねつくお母さんに「行ってきます」と声をかけ立ち上がる。チラリと見えた母の顔は未だに納得していない様子ではあるけれど、ソッと見なかったことにして目の前の扉に手をかけた。

お母さんの言いつけも、今日ばかりは聞いていられない。だって今日は、待ちに待ったハロウィン通りに行く日だから。


「おい、おせーぞアマル!」
「ご、ごめんって……そんなに怒らないでよ。あっ、ミネおはよう」
「やっほー! おはようっていうか、こんにちは?」
「……てめえ、話すり替えてんじゃねーぞ」


午後12時。
待ち合わせ場所である玄関前には、既に二人とも集まっていた。普段はポケモンの姿をしている彼らも、この時季ばかりは人の姿に形を変える。頭に角や猫耳を残す二人は、まさに仮装を楽しむ人間そのもののようだ。

そんな僕の手持ちのポケモンであるカーネは大層ご立腹らしい。遅れたと言ってもたった2、3分なのに……本当に気が短いというか何というか。
その彼の隣に並ぶミネは、レパルダスの男の子。膨れっ面のカーネとは違い、ニコニコと嬉しそうに尻尾を揺らしている。ハロウィン通りに行くのが相当楽しみなようだ。
カーネ曰く、ミネとは幼馴染みらしいけれど……正反対な二人が今まで仲良くやってこれたのを、たまに不思議に思う。


「…ミネ、無理してない?」
「ん? 何が? 俺、ちょー元気だよ!」
「ぜってー今、失礼なこと考えてただろ。俺に対して」
「イエ、そんなことは」
「よーし、やってやろうじゃねえか」
「はいはーい、そこまで! もー、二人とも! ハロウィン通り今から行くんでしょー?」


こちらも長いこと一緒なだけあって、僕が考えていたことを一瞬で見抜いてしまったらしい。僕の負けが明らかな喧嘩が勃発しようとしたところで、ミネがストップをかけてくれた。
カーネの意識は完全に"ハロウィン通り"という言葉に持っていかれたようだ。口からは白い歯が見えており、目はランランとした輝きを放っている。単純なカーネにホッとしつつミネを見ると、彼はイタズラが成功した子どものようにニヘッと笑ってピースサイン。逸らし上手なミネの笑顔につられるように、僕もくすりと笑みを溢した。


「……アマル」
「あっ、お母さん。どうしたの?」
「財布。テーブルの上に置きっぱなしだったよ」


そろそろ行こうか、と足を踏み出した時。玄関の開く音がした。振り返った先には不安げな表情のお母さん。その手にはヘルガーの顔を模したヒモ付きのガマ口財布があった。仕方なさそうに僕の首へとそれを掛けてくれるけど、皺の寄った眉を見る限り本題はこれじゃないということが嫌でも分かってしまう。


「……まだ心配してる」
「当たり前じゃないか。実際にいなくなってる子達がいるんだから。分かってるとは思うけど、絶対に知らない人にはついて行かないこと。いいね?」
「ははっ、お前まだガキ扱いされてんのかよ」
「カーネ、それからミネ。あんた達もだよ。特にカーネ、アマルはあんたのトレーナーでもあるんだから、もしもの時はしっかり守ってやんなよ」
「へいへーい」


頭の後ろで腕を組み、お母さんの忠告を気にした様子もなく軽い返事をするカーネ。このときのカーネは大抵人の話を聞いていない。ミネは両腕で大きな丸を作りながら「おっけー!」なんて元気よく返事をしているけど、こっちはこっちでちゃんと聞いているのか怪しいところである。そのどちらにもなれない僕は、人知れず小さなため息を吐いた。…僕だってもう12歳なのに。

ここまでお母さんが過保護になってしまった理由。それは間違いなく、数日前から耳にするようになったあの噂が原因だろう。



――ハロウィン通り。
僕の街にはそう名付けられた大通りがある。普段はただ家が立ち並んでいるだけの通り道なのだが、10月になるとその名に相応しく通り全体がハロウィンの景色で埋め尽くされる大通りなのだ。その期間になると、街灯がオレンジ色のものに変えられ様々な電飾やオーナメントが家の回りを囲む。週が変わると内容の違う屋台が出店され、いつ来ても活気付く光景はさながらお祭りのような雰囲気だ。

ハロウィンに年齢や種族は関係ない。大人も子供もユニークな衣装に身を包み、ポケモンは人の姿に形を変えて遊び出す。10月のハロウィン通りは、この地域きっての最大のイベントなのだ。


そして、今年も例外なく催されているハロウィン通りで、近頃奇妙な噂が流れるようになった。その噂によると、この近辺で20名近くの行方不明者が出ているらしい。行方を暗ましているのは全て子供。未だに誰一人として居所は掴めていないようで、僅かな手掛かりでの捜査は難航を極めているとのこと。

――ただ、姿を消した子供を最後に見た人々は一様にこう言うのだ。
"側にはうさぎ耳の生えた美しい少女がいた"、と。



◆◇◆



「要するに、うさぎ耳の女に気をつけりゃいいって話だろ?」
「"うさぎの仮装"じゃなくて"うさぎ耳"って言ってる辺り、人よりポケモンの可能性が高いですねっ! アマル警部!」
「そうだね」
「えー、もっと乗ってきてよアマルくんー。つまんない」
「アマルなんてそんなもんだろ」
「そんなもんって…」


ハロウィン通りへ向かう途中、話題になるのは自然と噂の元凶らしき少女の話になった。
今テレビで話題になっている刑事ドラマの真似事なのか、カーネ越しにいるミネが敬礼ポーズを取りながら僕に推理を投げ掛ける。僕はいつから警部になったんだろう。正解が分からなくてとりあえず無難な返事をすると、ミネは頬を膨らませて拗ねてしまうしカーネにはバカにされるしで散々な結果となってしまった。もうふざけた調子になってるところを見ると、恐らく彼らの中に噂に対する危機感は微塵にもないのだろう。


舗装された一本道を他愛もない話をしながら歩いていく。ふと見上げると、快晴の空が段々と薄暗くなっていくのが窺えた。こうなってくれば、ハロウィン通りまでもう間もなく。電線に止まったヤミカラスの"黒い霧"によって作り出された漆黒の空は、真昼だというのに日の光りが一切見えず、まさに夜そのもの。街灯のぼわりとしたオレンジだけが、僕らの道しるべとなる。
そろそろ目的地だというサインに、カーネはもうソワソワと身を揺らして今にも走り出しそうだった。


「……ああ!! やっぱダラダラすんのは性に合わねえ! おい、さっさと行くぞお前ら。走れ!」
「あは、やっぱり…」
「ふふ、そうこなくっちゃね!」


予想通り待ちきれなかったらしいカーネは、ミネの腕と僕の襟元をしっかり掴んで勢いよく駆け出した。なぜ僕だけ、なんて抗議する暇もなく、景色は急ぎ早に移り変わって。ポケモン特有の力強さに転びそうになりながらも、カーネの後ろを必死についていく。ミネは首元のマフラーを押さえながら、この状況を楽しむように笑っていた。



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