忠告にはご注意を(1/2)


カツ、カツ。
地面を叩くヒールの音が、暗闇の中に静かに溶け込んでゆく。


「…ねえ、やっぱりやめとかない?」
「あん? 何でだよ。お前もやりてーだろ、ゲーム」
「正直お祭りのやつってどれも簡単だもんね〜。俺すっごい楽しみ!」
「僕みたいな一般人にはあのくらいがちょうどいいんですけど……」


あの後。
彼女の"ゲーム"という言葉にいち早く反応した二人は、迷うことなくその提案に了承した。ちなみに僕は、行きたいとは一言も。

ついてくるよう指示した彼女の後をカーネ達に引っ張られながら辿ると、彼女は路地裏のような場所に足を踏み入れた。人一人がやっと通れるぐらいのその道は、ハロウィン通りとは比べ物にならないような暗さで、自分の足元すら確認出来ない。
まるで墨を丸ごと被ったかのような人工的な黒。僕にはその暗闇がどうしようもなく不気味で、居心地が悪かった。


「……少年達、待たせたね。ここが目的地だよ」


ふと、彼女の足が止まった。
ずっと暗がりにいたせいか、射し込む光が眩しくて思わず目を細める。狭くなった視界でなんとか足場の悪い細道を抜けて辿り着いた場所…、そこには思いもよらない景色が広がっていた。

黒い木造ベンチに黒い街頭。黒に染まった石畳の通りと、それを取り囲むように建ち並ぶ黒いレンガ調の建物の群れ。広場の中央に構える噴水は、周りの色を反射して黒い絵の具を混ぜたかのように黒々とした液体を流している。

――僕らの目の前を覆うのは、そんな嘘のように黒一色で塗り潰されたとてつもなく大きな街だった。


「すげえな……」
「うん、俺…こんなとこがあるなんて知らなかった」


先程まで騒いでいたカーネ達も、この光景に茫然と立ち尽くしている。そうなってしまうのも仕方がないと思った。あるはずのない夜空の中で瞬く星々と、綺麗な孤を描いて淡く街を照らす三日月……そして、街灯や窓のすき間から溢れるオレンジ色。
街全体を彩る全てが幻想的で。ハロウィンというものをそのまま映し出したかのようなその光景に、夢を見ているような気さえした。


「…ここはどこなの?」
「ここは永遠に夜が続く街。別名、零番街」
「永遠に夜、って……じゃあ、朝も昼も来ないってこと…?」
「…ふふ、すまない。少し言葉が足りなかったね。正確には、ずっと月夜が続く…と言った方がいいかしら。街の外と同じように時間は流れているけれど、ここには太陽というものが存在しない。……少年、あの時計台が見える?」


零番街。
気になって尋ねてみたものの、やっぱり耳にしたことのない街だった。

クスクスとひとしきり笑った彼女は、細くしなやかな指をある一点に向ける。それをなぞるように見た視線の先には、一際目立つ大きな建物がそびえ立っていた。上部には時計がはめ込まれており、針はちょうど3時を指し示している。信じ難いが、この街の外ではまだ太陽が昇っている昼間の時間帯ということだろう。


「あの時計台には巨大な鐘が備え付けられていてね、午前0時に鐘が鳴らされる仕組みになっているの。その頃には三日月が満月に変わって、より一層美しい夜になるよ」
「へえ〜っ、すごいね! カーネ、今の分かった?」
「……要するにずっと夜っつーことだろ。つーか、俺にもそれ寄こせ」
「あーっ! もー、あげないって言ったじゃん!」


一緒に話を聞いていたミネが興奮気味に目を輝かせる。カーネには少し難しい話だったようで、曖昧な返事で終わらせるとまた二人でぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。ミネは当たり前のように僕にくれたはずのポテチを食べているけれど、いつの間に。


「……それにしても、全然人がいないね。こんなに大きな街なのに…」
「ええ、元々街の住人は少ないから。少年達を含めればちょうど20人、といったところだね」
「そうなんだ。20、人……」


ふと、"20"という言葉に違和感を覚えた。
どこかで聞いたような、うっすらとした記憶。何故こんなにも気になってしまうのか自分でもよく分からないけれど、何かが引っ掛かる。
そんなモヤモヤとした気持ちに顔をしかめていると、不意に彼女が「ああ、そうだ」と何か思い出したように言葉を発した。


「そういえば、まだ名前を言っていなかったね。私の名前は綿うさぎ。好きに呼んでくれて構わない」
「えっ…!?」
「…おいおい、嘘だろ……」


ゾワリ、と瞬く間に鳥肌が全身を覆った。
背中越しに話す彼女の頭から、先程までは無かったはずのものが徐々に姿を現し出したのだ。髪と同じ色をした、ミルクティー色のうさぎの耳。ピンク色の綿のようなものをつけたそれは彼女の意思で自在に操れるようで、本物だということを思い知らされる。そして、サングラスを外しくるりとこちらを振り向く彼女に思わず目を見開いた。

だって、月に照らされて微笑む彼女の顔が、あまりにも儚げで、この世のものとは思えない程美しかったから。


「ねえ、もしかして君が……」


まるで絵画の中から出てきたようなその姿に息を飲む。違和感が、確信になった瞬間だった。


「皆を誘拐したの?」


――情報が掴めないまま行方不明になった、20名近くの子供達。ただ、姿を消した子供を最後に見た人々は一様にこう言うのだ。"側にはうさぎ耳の生えた美しい少女がいた"、と――

噂の内容が、嫌というほど頭の中で反響する。気をつけていたはずだった、……いや、本当は心のどこかで油断していたのだろう。自分は大丈夫だって、自分が巻き込まれるわけないって。

"知らない人にはついて行くな"
…何回も、お母さんに忠告されていたことなのに。


「……ええ、そうね。街の外で噂になっているのでしょう? 行方不明者が後を絶たないと。…この街は、一度入ると二度と出ることができない、閉ざされた街だから」
「どうして、こんな……騙すようなこと…」
「こうでもしないと、きっと君達は噂の内容を恐れてついて来なかった。…騙したことは申し訳ないと思っているよ。それでも、君達にはどうしても来てほしかったの」


"二度と出ることができない"
その言葉に愕然とする。それはもう、お母さんに会うこともハロウィン通りで遊ぶことも……あのありふれた日常に戻ることも出来ない、ということを意味していたから。

突然告げられた現実に目が眩む。文句の一つでも言ってやりたかった。けれど、申し訳ないと謝る彼女の…綿うさぎの表情が切なくなる程悲しそうで。言いかけた言葉は喉の奥で詰まってしまった。
…泣きたいのは、こっちの方なのに。


「…クソ、ふざけやがって!」
「それじゃ、ゲームの話も嘘ってことなの…?」


僕の気持ちを代弁するかのように、カーネが怒りをぶつける。そっと目を瞑った彼女に問い掛けるミネの声は、恐怖からか少しだけ震えていた。

沈黙が僕達を包み込む。
口を結んだ彼女の細くて長い髪が吹き抜けた風になびいて、その隙間から覗く月光が何とも奇妙な雰囲気を醸し出していた。


「……いいえ、それは本当よ。この街の誰もが成し得なかった、実に難易度の高い難攻不落のゲームだ」


不意に、彼女が口を開く。
淡々と言葉を続ける彼女の瞳は、この状況を楽しむ誘拐犯のものではなくて、まるで、


「どうか、この街を壊してほしい」


願いを求める、懇願者のような瞳だった。



[back]
ALICE+