忠告にはご注意を(2/2)


「…は? 街を壊すってどういうことだよ」
「そのままの意味だよ。ここは…、」
「何やら話し声がすると思ったら、綿うさぎじゃないか。ちょうどよかった、君に頼み事が……おや、彼らは新しい客人かい?」


何かを言いかけた綿うさぎの声に、誰かの声が覆い被さる。どうやらそれは彼女の後ろに立つ、長身の男性のものらしい。三つ編みに結った雪のように白い髪を前に流している彼は、綿うさぎ同様綺麗な顔立ちをしていた。


「こんばんは、初めましてだね。私の名前はミッドナイト。一応、この街を管理している者だ。ただ、街のことに関しては綿うさぎの方が詳しいと思うから、分からないことがあれば彼女に聞くといい」
「…えっ? ミッド…ナイト、さんよりも綿うさぎの方が詳しいの…?」
「私はあまり記憶力に自信がなくてね。きっと彼女の方が望んだ答えをくれるはずだ。はは、おかしいだろう?」


少し気恥ずかしそうにおどける彼の笑顔に、不思議と先程まで感じていたはずの恐怖は和らいでいった。綿うさぎの話の続きが気になったけど、何やら二人で話し込んでしまっていて今は聞けそうにない。

街を壊す――それが何を意味するのか、僕達には到底理解できそうにもなかった。


「…すまない、少年達。用事が出来てしまったから、続きはまたの機会にしましょう」
「いつも悪いね。どうも私は彼女に嫌われているようだ」
「いいえ、気にしないで。白鳥にもよく言っておくよ。……ああ、そうだ」


どこか歯切れの悪い彼女の右手には封筒が握られており、恐らくそれが彼女の言う"用事"なのだろう。白鳥と呼ばれた人物に渡すもののようだけれど……綿うさぎと言いミッドナイトさんと言い、この街には不思議な名前の住人が多い。

そんなことを思っていた別れ際、歩みを進めていた彼女の足が止まる。小さな呟きを口にして振り向いた綿うさぎ、その瞳はこれまでにないほどの真剣な眼差しをしていて。気を抜けば、その宝石のように輝く黒い瞳に吸い込まれてしまいそうだった。


「その前に、君達にいくつか忠告しておくことがある」
「…忠、告って」
「1つ目、この街を出ようだなんて思わないこと。2つ目、本名の使用はなるべく避けること。…それから、ジャック・オ・ランタンには気をつけて」
「えっ、なになに? それってどういうこと?」
「……そのジャックなんとかっつーのもよく分かんねえし、街から出るなって意味も分かんねえ。もっと俺らが納得するような説明しろよ」


理由もないまま次々と告げられる言葉に、僕達は困惑するしかなかった。理由を求めるミネとカーネの声は届いているはずなのに、これ以上話すつもりはないのか、ただ聞こえないふりをしているのか……一度だけ、にこりと微笑んだ彼女は踵を返してこの場を離れようとする。


「ま、待ってよ! 綿うさぎ!」
「……君達の言う通り、これだけではあまりに情報不足だったね。けれど、私も行かなければならないから……そうね、1つだけ教えておこう。少年、少し耳を貸してくれるかしら?」


たまらずその手を取ると、彼女は根負けしたような面持ちで立ち止まってくれた。少しでも情報が欲しかった僕は、軽く屈む彼女の口元へと耳を寄せる。彼女の柔らかな髪が時折風に揺れ、僕の頬を掠めた。
…ちょっとだけドキドキしてしまったのは、僕だけの秘密だ。


「この街には言霊が存在するの。犬の少年……、確かカーネと呼ばれていたかしら? 後で名前と共に彼に命令してみるといい。そうすればきっと、私の言葉の意味が分かるはずだから」
「えっ、でも…命令って?」
「そうね……例えば、"おすわり"なんてどうかしら? フフ、面白いことになりそうね」


楽しそうに笑う彼女の話には、やっぱりどうしてもついていけない。言霊……それを理解するには、とりあえず彼女に言われたことをやってみるしかなさそうだった。

もちろん、綿うさぎからそれ以上の詳しい話があるはずもなく。今度こそいなくなってしまった彼女の隙間を埋めるように、静寂が僕らの周りを包み込んだ。


「……申し訳ないね。まだ彼女と話すことがあっただろうけど、ここからは私が彼女の代役を務めさせて頂くよ。まずは君達の住居へと案内したいから、ついてきてもらえるかな?」
「ああ? ふざけんなよ、なんだ住居って。俺はここに住む気なんかこれっぽっちもねーぞ」
「…そうか。それは残念だ。でも、これからどうする気だい? 彼女が言っていただろう、ここから出るなんて無謀なことだ。そうなると、必然的に野宿となってしまうが……夜の街はとても寒いよ」


噛みつくように反抗したカーネだったけど、ミッドナイトさんの論理的な説明に捲し立てられ、グッと押し黙ってしまった。彼の言い分はもっともで、口を挟む隙間もないくらい的確なものだったから。

ミッドナイトさんも、恐らく僕たちのことを思って言ってくれてるんだろう。でも、僕だって自分の家に帰りたいし、それに……どうしても、僕には納得できないことがあった。


「ねえ、教えてミッドナイトさん。なんでこの街から出ちゃいけないの?」
「…知りたいかい?」
「うん……だって、おかしいよ。僕達はこうやって街の中に入ってるんだから、元来た道を辿れば戻ることは出来るはずだよ。なのに、そうさせないのは…どうして?」


少しの間を置いて。
「何故なら、」と話し出した彼の言葉に、絶句した。それは本来なら起こり得ない、作り話のような現実離れしたもので。それでも、強い意志を秘めた彼の青い瞳が嘘をついているようには思えなくて、言い様のない恐怖が全身へと広がっていく。


「この街を出ようとすれば、死んでしまうからさ」


だから、くれぐれも気をつけるように。

そう言い残し、案内するために歩き出したミッドナイトさんに僕達は呆然と立ち尽くすしかなかった。
今まで考えもしなかった"死"という存在。それがこんなにも簡単に、突然に、身近に迫るなんて思うはずもない。今では隣り合わせとなってしまったこの状況に、僕の身体は無意識に震えていた。


「アマルくん、死ぬって…なに? 俺、そんなのやだよ……」
「……それは、僕にも分からない。でも、一旦街から出るのは、やめておいた方がよさそう…だね。とりあえずミッドナイトさんに案内してもらって、様子を見よう」
「クソッ! マジ意味分かんねー…」


彼の背中を見失わないよう、僕達も続くように足を踏み出す。耳を垂らして、今にも泣き出してしまいそうだったミネの手をソッと握ってあげると、少しだけ肩の力が抜けたようだった。
…別に、今すぐ死ぬというわけじゃない。街から出さえしなければ、ひとまず自分の身に危険が及ぶことはないのだ。そう強く言い聞かせ、震えを抑え込むようにもう片方の手にグッと力を込める。

――この街は、何かがおかしい。


「俺はぜってー諦めねえからな……」


彼らの半歩後ろを歩くカーネの呟きは、誰にも届くことはなかった。



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