「ここが君達の家だよ」
淡いオレンジに包まれた住宅街。ハロウィン通りとは打って変わって静けさに満ちた夜の通りを歩くこと数分、ミッドナイトさんの革靴を鳴らす音が止まった。
彼の手が示す先には他の家同様、黒レンガで造られた一軒家があり、どうやらこれが僕達の住居になるようだ。
「ありがとう、ミッドナイトさん」
「うわー、隣の家おっきいね」
「ああ、そこは綿うさぎの家さ。目印になって分かりやすいだろう?」
「…んだよ、あいつの家かよ。胸くそワリィな」
僕達の家の側には、周りの家の倍以上はありそうな、明らかに他とは造りの違う建物が並んでいた。黒光りする豪華な装飾の施された扉に、広々としたバルコニー。外壁の至る所に備えられた丸いランプも、一つ一つに細かな彫刻がされていて、その姿はもはや家というよりもお城のような出で立ちだった。
似たような家ばかりだから、僕としては目印となるものがあって有り難かったけど、カーネはどうもそれが気に食わないらしい。そのすぐ悪態をつく癖、どうにかならないものだろうか。
「食料は冷蔵庫の中に保管してあるから、自由に食事をしてもらって構わないよ。足りなくなった時は私に言ってくれれば補充しよう。一応、必要なものは備えているつもりだけれど、もし不備があるようなら遠慮なく言っておくれ。…私からは以上かな。他に、君達から質問はあるかい?」
「あっ、1個だけ…気になることがあるんだけど……」
「おや、何かな?」
「綿うさぎが言ってた、"ジャック・オ・ランタン"って…何者なの?」
――ジャック・オ・ランタンには気をつけて。
ずっと、彼女のあの言葉が気掛かりだった。
ジャック・オ・ランタン……一般的には、カボチャを顔の形にくりぬいたものをそう呼ぶけど、きっと彼女はそういった意味で言ったんじゃない。恐らく、それも街の住人の一人なのだろう。
僕の質問を聞いた途端、目を細め顔を険しくするミッドナイトさんに、ピンと緊張が張り詰める。僕の予想を肯定するかのようなその表情に、嫌な予感が脳裏を過った。
「……彼は、この街のイレギュラーな存在だ」
「イレギュラー…?」
「ああ。本来、この街へ来るには綿うさぎを介さなければ来ることはできない。だが、ジャック・オ・ランタン……通称ジャックと呼んでいるが、彼はどういう訳かそれをせずしてこの街へと潜り込んでしまった」
ミッドナイトさんの話で分かったことがある。
本来なら、こんなにも大きな街の存在を誰も知らないなんてこと、あるはずがない。それこそ噂になってもおかしくない街だ。にも関わらず、何故誰一人としてこの街のことを知らなかったのか…それは、ここへ繋がるあの暗闇の道が綿うさぎしか知らない特別な通路だったから。詳しくは分からないけど、通路への入り口は彼女しか開けられないような仕組みになっているのだろう。
しかし、また1つの疑問が浮上する。
いくら例外だと言っても、ただ侵入してきただけでここまで危険視されるとは思えない。…その人に、気をつけなければいけない程の"何か"がない限りは。
「…ミッドナイトさん、気をつけなきゃいけない理由は…本当にそれだけ?」
「……いや、彼を注視しているのには他に理由がある。ジャック、彼は…他人を傷つけることを厭わない、快楽殺人者なんだよ」
彼の澄んだ声が、静寂の街をすり抜けていく。
それは、2度目の死の宣告だった。
落ち着きのある声色なのに、彼の言葉が頭にこびりついて離れない。その言葉を噛み砕いていく度にドクリ、ドクリ、と心臓が脈を打ち、呼吸の仕方を忘れたかのように、息が苦しい。
防ぎようのない、いつ訪れるかも分からない迫り来る死を、僕達はきっと怯えて待つことしか出来なくて。この出口のない街で、その脅威から自分の身を守る術があるようには到底思えなかった。
「幸いなことに死者はまだ出てはいないが……、片足を失った住人や失明した住人…と、心身共に重大な傷を負った者は少なくない。現時点で分かっていることは、彼は街外れに住んでいるということ。死にたくなければ、森の方には決して近づいてはいけないよ」
彼の重みを帯びた言葉に、僕は自然と頷いていた。
死んだ人はいない。そのことに少しだけホッとする。そんな息をつく僕の姿に満足したのか、ミッドナイトさんはそっと僕の頭を撫でると「それでは」と一言告げて去ってしまった。
彼の靴の音が遠退き、沈黙が訪れる。
ジャック・オ・ランタン……この街に潜む快楽殺人者。その事実を告げられ、さすがのカーネも眉を寄せた険しい顔で口を結んでいた。ジャックは街外れにいる…でも、街の中にいるからといって必ずしも安全とは限らない。
行き場のない窮屈な街で、いつまで過ごさなければならないのか……そう考えるだけで疲れてしまう。僕の深いため息が夜空の中に溶けていった。
「……ひとまず、中に入ろうか」
「はあ? お前マジで言ってんのか? さっさと出ようぜ、こんな気味ワリィ街」
「えっでも、カーネ! 綿うさぎちゃんもミッドナイトさんも言ってたじゃん。この街から出るなって」
「…あのなあ、そんなん俺達をここに留まらせとくための嘘に決まってんだろーが。第一、あの女だってハロウィン通りに来てるのにあいつには傷ひとつついてねえ。それが嘘だっつう何よりの証拠だろ」
「それは…」
呆れた口調で返されたカーネの言い分に、僕はそれ以上言葉を続けることができなかった。どうして今まで気づかなかったんだろう。あれだけの行方不明者がいるということは、それほどこの街からハロウィン通りへ行き来しているということだ。なのに、彼女は死に至るどころか傷らしい傷すら見当たらない。
段々と、彼女達への疑惑が募っていく。
カーネの言っていることが本当のような気がして、僕達を騙すための嘘なんじゃないかって思えてきて。辻褄を合わせるには、そう考える方が自然なように感じた。
……でも、彼女達の真剣な瞳をどうしても忘れられない。嘘をついている人があんな表情を出来るのだろうか…、ただそれだけが気掛かりだった。
「…ま、そんなに不安っつーなら俺が先に出て確かめてやるよ。そんで、無事だったって証拠にまたここに戻ってくる。それでいいだろ?」
「けど、ここに入るには綿うさぎがいないとダメだって…、」
「外に出て無事だったんなら、あいつの言ってることそのものが怪しいだろーが。実際、ジャックとか言うやつも自分でこの街に入ってるみてえだからな。ホントは誰でも入れるようになってんだろ」
「……カーネって変なとこで鋭いよねえ…」
「あ"? どういう意味だてめえ、喧嘩売ってんのか?」
口をへの字に曲げて少し拗ねたようすのミネに、カーネの機嫌は一気に急降下。沸点が低すぎることは前々から知っていたけど、一度決めたらそれを突き通してしまう頑固なところも相変わらずなようだ。きっと僕達がいくら止めたところで、カーネの気持ちは変わらないのだろう。
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