脱出にはご注意を(2/2)


「……危ないって感じたら、絶対に戻ってきてね」
「えーっ、アマルくん止めないのー!?」
「止めたいけど、結局決めるのはカーネ自身だし…それに、言ったってカーネは聞かないでしょ?」
「ハッ、さすが俺の相棒だな。よく分かってんじゃねーか。まあ安心しろって、いくら俺でもヤベえって思ったら深追いはしねーよ。ちゃんといい知らせ持ってきてやっから、またあとでな」
「カーネ…」


カーネはニッと得意気な笑みを見せると、僕達が辿ってきた道を戻り始めた。後ろ手にヒラヒラと手を振り、段々と小さくなっていく彼の姿に、ミネは少しだけ寂しそうな声を漏らす。

小さい頃からずっと一緒で、側にいるのが当たり前のような…そんな二人を僕もずっと見てきた。そして、それは僕にとっても同じことで。近くにカーネがいないのはどこか物足りなくて、吹き抜ける夜風がより冷たく感じたのは、恐らく気のせいじゃない。


「……アマルくん、カーネ大丈夫かなあ…?」
「…きっと大丈夫だよ。ああ見えて結構しっかりしてるところあるでしょ、カーネ。少なくとも、自分の身に危険が及ぶようなことはしないんじゃないかな?」
「そう、だね……そうだよねっ! カーネのことだから、やっぱ無理だったわ〜、とか言って戻ってきそうだもん! ありがとう、アマルくん…ちょっと落ち着いた」


先程の暗い顔とは裏腹に、えへへと笑いを溢しながら嬉しそうにはにかむミネ。その砕けた表情に、僕もホッと胸を撫で下ろした。ミネの笑顔を見ていると不思議と勇気づけられて、自分まで嬉しくなるような、そんな気持ちになって。彼には悲しんだ顔より、笑っている顔の方がずっと似合う。


「はー、なんかお腹空いてきちゃった。冷蔵庫におやつとか入ってないかなー?」
「…そうだね。食料があるって言ってたから、もしかしたらお菓子も用意してあるかも。ちょっと見てみよっか」
「うん! 俺、アップルパイ食べた〜い!」
「それはさすがにないと思う」


元気を取り戻したミネは、軽い足取りで玄関前の階段を駆け上がった。その光景に少し笑いながら、続くように僕も階段を上り出す。1歩2歩…、そして最後の段。そこに足を掛けたところで、ふとある言葉を思い出した。

――この街には言霊が存在するの。

去り際に、綿うさぎが言っていた言葉だ。
言霊……僕の知る限りでは、言ったことが実際に起こってしまうことだと思うけど。たまたま重なって同じ現象が起こることはそう珍しくはないだろう。でも、それが存在するなんて…本当に、あり得るのだろうか?


「……ごめん、ミネ。おやつの前にちょっとやりたいことがあるんだけど…、いい?」
「やりたいことー? いいよ! 何するの?」
「えっと…」


今はカーネがいないから、ミネに協力してもらうしかない。既に中に入りかけていたミネに声をかけると、ミネは快く返事をしてくれた。余程気になるのか、ワクワクとした面持ちで耳を動かしている。

確か、必要なものは"名前"と"命令の言葉"。
一体どうなるのか、それは僕にも分からない。少しの緊張を心に抱きながら、僕は彼に言葉を投げ掛けた。


「ミネ、しゃがんで」
「えっ? 急にな、うわああああっ!?」


ドスン、と鈍い音が辺りに響く。

言った直後の出来事だった。ミネの身体が引き寄せられるかのように、地面に貼り付いたのだ。自分で座ったんじゃない。それは、端から見ていた僕にも分かるほど明確で。当の本人は訳が分からない、といった顔で目を瞬かせていた。


「えっえっ、アマルくん今の何!? びっくりした、何かのマジック!?」
「……まずい」
「…アマルくん?」
「彼女の言ってることは、本当だ…!」


カーネが、危ない。
そう悟った瞬間、僕は弾かれるように入り口の方へと足を走らせていた。後ろからミネの困惑した声が聞こえていたけど、それに答えている暇はない。たらりと心地の悪い汗が頬を伝う。

"街を抜けると死ぬ"、それが本当だとしたら。
……一刻の猶予も許されない。


「ねえ、アマルくんどうしたの? なんか変だよ」
「……綿うさぎに言われたんだ、この街には言霊が存在するって。名前と命令、その二つを相手に言うことで言ったことがそのまま実現するんだって」
「じゃあ、さっきのってもしかして…」
「うん。多分、言霊のせいだ。信じられないようなことばかりだけど、それが本当だったってことは、この街に関する話は全部事実の可能性が高い。……この意味、ミネになら分かるよね」


足の速いミネはすぐさま追い付いて、不安そうな表情で僕に疑問を投げ掛ける。恐らく僕も、彼と同じような顔をしているのだろう。
人の気持ちは伝染する。それは負の感情程、移りやすいらしい。できれば不安な気持ちにならないように、取り繕っていたかったけど……どうやらそれは難しそうだった。

――カーネが死ぬかもしれない。
その現実に、またミネから笑顔が消えてしまう。段々と顔を蒼くして声を震わせる彼に、本当はこんなこと頼みたくない。それでも、この場でカーネを救えるのはきっと彼しかいないから。


「…ごめんね、ミネ。本当は君ひとりに任せたくはなかったんだけど……多分、このままじゃ間に合わないから、君にお願いがある。カーネが行ってしまう前に、止めてきてほしいんだ」
「でも、アマルくん…俺……!」
「大丈夫。ミネなら絶対に追い付けるって、僕は信じてる。だから、カーネを止めて。僕も必ず合流するって約束するから」
「…っ、うん! 俺、頑張るよ! 絶対にカーネを連れ戻して、それで……帰ったら三人でおやつ、食べようね!」


溢れてしまいそうな涙をグッと堪えるように。無理矢理作った笑顔を最後にして、ミネは速度を上げてカーネの元へと駆け出した。暗闇の中に消えていくその姿を見送り、僕はすっかり上がってしまった呼吸を落ち着かせるため、ゆるりと速度を落とす。そして、立ち止まった足に手をつきながら、心の底から強く願った。


「……カーネ、無事でいて」



◆◇◆



入り口まで、あと少し。
あの家までそんなに距離はなかったはずなのに、こんなにも遠く感じる。


「俺が、カーネを助けなきゃ……!」


カーネとは、物心ついた時からずっと一緒だった。秘密基地を作ったり遠くまで冒険してみたり、時にはケンカもしたりして。この時期になればハロウィン通りで色んな人にイタズラして、毎日がお祭りのようだった。

カーネがアマルくんのパートナーになった時はちょっと寂しかったけど、いつしか三人で遊ぶことが増えてきて、それが当たり前になっていて。寂しいという気持ちもなくなった。

傲慢で短気で頑固。そんな言葉が似合うカーネだけど、俺はその自分の気持ちを貫くカーネの強さが羨ましくて、友達でありながら一番の憧れだった。挫けそうな時、いつだってカーネが助けてくれた。

だから、今度は俺が。


「…ッはあ、カーネ、いた……!」


広場を抜けた先、細くて暗い通路の中。
うっすらだが、カーネの姿が見えた。多分、俺がいることに気づいていないんだ。ゆったりとした歩調でカーネはその細道を進んでいく。

でも、あのスピードならまだ間に合う。


「ッ…、カーネ! やっと、追いついた…!!」
「うわっ! …んだよ、誰かと思ったら、ミ…、」
「……え?」


パシリ、と掴んだ手の温もりに安堵する。
そして、切れ切れになった息を整えるために、俯かせていた顔を上げた瞬間のことだった。

カーネの頭が、宙を舞ったのは。


「……カー、ネ…?」


首元から噴き出す液体と、続くように引き裂かれていく彼の胴体。ブチリブチリと細かく裁断され、切れゆく音が通路の中を反響する。それが次々と落ちては、血の海を跳ね返して俺の足元を濡らした。

何もない、誰もいない。
なのに、目に映るその残虐な光景は止まらない。何が起こっているのか、理解できなかった。けれど、辺りに充満する突き刺すような鉄の臭いは本物で。

血溜まりに転がる、カーネの残骸。原型を留めない程、変わり果ててしまった彼の姿に、嗚咽と涙が溢れ出す。
……守れたと思った、守りたかった。

思い出したくもない映像が、幾度となく頭の中で繰り返される。自責の念と鮮明に残る光景に、頭がおかしくなりそうだった。いっそおかしくなって、全部忘れ去ってしまいたかった。

もう、ガクガクと揺れる足では自分の身体を保つことさえ出来なくて。崩れるように膝を落とした身体が、地面に張った薄い膜を波立たせる。

右手に残るカーネの腕は、夜風に吹かれひどく冷たくなっていた。


「カーネ…、ねえ、返事をしてよ……」


少年の悲痛な声が、闇の中に飲まれていく。
――犠牲者一名、それでも夜は終わらない。



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