殺人鬼にはご注意を(1/2)


「……あれ、僕……」


ふと、目を覚ますとそこは森の中だった。
木々の隙間からは満月が覗いていて、すぐに現状を理解する。ここは、零番街。一向に朝が来ないこの街で、僕はさっき白鳥に殺されかけたんだ。

……確かに、殺されかけた。あのとき、死ぬ道しか残されていなかったはずなのに、どうして僕は今……生きているんだろう。傷ひとつない自分を不思議に思いながらも身体を起こすと、背後から誰かの声が聞こえた。


「あ、やっと目ェ覚ましたな〜。すげ〜ビックリしたんだぜ? 突然上から降ってくるんだからよ〜」
「君、は……、いっ……ッ!」


突然の声に驚いて振り向こうとすると、背中に鈍い痛みが走った。どうやら、"完全に無傷"というわけではなかったらしい。撫でるように背中をさする僕に、男性の声をしたその人はケタケタと面白がるように笑いだした。


「ヒヒヒ、ワリィ。急だったから峰打ちでこっちまで飛ばしたんだけど、人間にゃちっと強すぎたか?」
「……助けて、くれたの……?」
「助けたっつーか、空から落ちてくる奴なんて滅多に見ねえかんな〜。ちょっとどんな顔してんのか拝んでみたくなっただけ〜」


話を聞く限りだと、彼もポケモンらしい。
笑う彼に少しだけムッとしたのもつかの間、僕を助けてくれたということを知って、すぐにそれは収まる。我ながら、なんて都合がいいんだろうなんて思うけど、彼がいなければ僕に命はなかった。そう思ってしまうのも仕方はないだろう。

本人は興味本意だと言うけれど。何にせよ、助かったことに変わりはないのだ。お礼を彼に言わなければ。そう思って、今度はゆっくりと振り向く。
――そして、僕は背筋がぞくりと冷えるのを感じた。


「……えっ、そ、れ……」
「ん? なに、オイラの顔に何かついてる〜?」
「ジャック……オ、ランタン……?」


そこには、顔のように表面をくりぬかれたカボチャが浮かんでいた。……否、くりぬかれたカボチャを頭に被った、全身黒づくめの男が立っていた。どうして彼がそんな格好をしているのかは、分からない。だけど、男が被るそれは、ハロウィン通りでもよく目にしていたはずなのに、何故だか狂気染みた雰囲気を感じてしまう。見た目は笑っている、それなのに。表情が見えないだけでこんなにも、違うものなのだろうか。


「……何ソレ? オイラの名前はルナールなんだけど〜?」
「え、と……それは、君の本名……?」
「当たり前じゃん。ヘンな奴だな〜、オマエ」


頭を大げさに傾ける彼に、ビクリと肩が揺れる。
……名前。彼は今、名前と言ったのか。思わずその言葉に聞き返すが、"ルナール"というのが彼の本名なことに間違いはないのだろう。

僕は言霊が悪用されたらどんなに恐ろしいかを、身をもって体験した。言葉ひとつで、人一人簡単に殺せる世界。"言葉が凶器になる"とはよく言ったものだ。だから、つい。僕は聞いてしまったんだ。


「君は、言霊が怖くないの……?」
「……言霊?」
「この街では本名さえあれば、他人を操ることが出来るんだ。だから万が一、君の名前を……悪用する人がいたら……」


薄々気づいてはいたが、彼は言霊の存在を知らないらしい。僕に近寄って尋ねてくるルナールにたどたどしくも説明を加えると、彼は言葉の意味を考えているのか、覗き込むような姿勢のままピタリと固まってしまった。……間近で見る作られた笑顔は、より一層不気味に感じる。


「……ヘ〜、そんなこと出来んの。じゃあ、何だ。オマエがオイラの名前使って息止めろ、つったらオイラ死んじまうってわけ?」
「そ、そう、なるね……だから、気をつけた方が、」
「ヒヒヒッ、オイラがそんなもんで殺られるとか本気で思ってんの? よ〜するに、言わせなきゃいいんだろ。喋る前に口を塞いじまえば、何の問題もねえってことだ。なあ、そういうことだろ人間さんよお?」


意味を理解したらしい彼の言葉は、どこか圧を含んでいるような気がした。闇のような黒々とした目に、どこか敵意を感じた。

至近距離にも関わらず、さらに距離を詰めてくる彼に僕は後ずさりをする。一歩、また一歩……と後ろへさがっていると、右足が地上に這い出していた太い幹に引っ掛かって、僕は大きく尻餅をついてしまった。そして、後から覆うのは月の光を隠す影。恐る恐るその原因を見上げると、そこに立つ彼は相変わらずニタリと大きな口を開いて笑っていた。


「……ま、でもオイラもまだ死にたかね〜しな。なるべくリスクは減らしといた方がいいか〜。……オマエが他の奴にバラさねえって保証もねえし」
「……ッ待ってよ、僕はそんなこと……、ッ!!」
「ヒヒッ、ワリィ〜な。オイラは自分しか信じちゃいねえんだ!」


カボチャから飛び出た彼の耳に、僕の声は届いていないのだろうか。あるいは、聞く必要がないと思っているのかもしれない。何故なら彼の背中から、銀色に光る刀身が現れたのだから。暗がりでよく見えなかったが、どうやら彼はずっと背中に刀を背負っていたらしい。

すっかり、忘れてしまっていた。
間違いない。ルナール……彼こそがまさしく、この街で噂されている殺人鬼の正体だ。


「う、ッ……、ぐ、ああアアアッ……!!」


迷いなく振り下ろされた刃を避けようと、固くなっていた身体を必死に動かして、命からがら身を逸らす。けれど、その刀身は想像していた以上に長くて、鋭利な刃先が僕の脇腹を切りつけた。じわりとした痛みが、瞬く間に鋭い痛みへと変わる。尋常じゃないほどの汗が顔を伝い、身体は熱を帯びたように熱くなった。

このまま、倒れてしまいたい。
――でも、カーネの痛みはこんなものじゃない。朦朧としてくる中で、そんなことが頭を過った。身を切られ、原型を留めないくらいに胴体をバラバラにされたカーネ。痛い、なんて言葉で済むものじゃなかったはずだ。いや、もはや……痛みを感じる間もなく、あんな姿にされてしまったのかもしれない。

そう思うと、傾きかけていた身体に力が入った。こんなことで、倒れてる場合じゃないって。僕が今やるべきことは、彼を止めることなんだって。


「……アリャ? 咄嗟に避けたってか…ヒヒヒ、中途半端が一番ツライっつーのにな〜。……もし今後、オイラに楯突くようなことがあったら、そん時は容赦なくオマエを殺す」
「……ッどこに、行く……、つもりだ……ッ!」
「ん〜? 久々に街を見物しようかと思ってよ〜。ワリィことしてる奴がいねえか見てくんの」
「悪い、ことって……っ、人を傷つけることは、ッ悪いことじゃないって、言うの……ッ!?」


ぼたぼたと血が垂れるのを抑えながら、この場から離れようとする彼との会話をどうにか繋ぎ止めようとするが、彼の足取りは、一向に止まる気配を見せない。

しかし、僕が"人を傷つけるのは悪ではないのか"と問いかけたとき、進んでいた彼の足が急に止まった。振り向いて、再び僕の元へと戻ってきた彼の声は、ひどく冷たいように感じた。


「……分かってねえな〜」
「え……?」
「オイラ、誰彼構わず手ェ出してるワケじゃね〜んだぜ? 世の中にはクソみてえな人間で溢れ返ってる。そんなやつは死んだ方が、ミンナ幸せになれるだろ? クソ共の存在を見て見ぬ振りしてるクソ共の代わりに、オイラが選別して裁いてやってる……ただそれだけの、簡単なことだ」


抑揚のない声で話す彼は、ミッドナイトさんが言っていた"快楽殺人者"とは、少し違っているような気がした。僕はてっきり、自分の欲を満たすために無差別に人を殺しているものだと思い込んでいた。

でも、それは思い違いだったらしい。それを、今の状況が物語っていた。殺そうと思えばいつだって僕を殺すことは出来るのに、僕を切りつけて以降、彼にトドメをさす気配がないからだ。「理由があれば」が殺していい理由にはならない。どんな理由があろうとも、人の命を奪うことは罪に問われる。その前提は、どの世界においても変わりはない……のだけれど。

確かに、すべてがすべて善人とは限らないだろう。負の感情は誰もが持っていて、その気持ちを処理できずに行動に移してしまう人は少なからずいる。それを知らない振りする人は、もっと。 本来、悪人は法に裁かれるべきだが、その代役をこの世界では彼が務めている、と言いたいのだろうか。

彼は彼なりの"正義"を持って行動している。
間違ったことをしているとはいえ、彼が根っからの悪人ではないことを知ってしまって、僕は思わず黙り込んでしまった。


「分かったらとっとと寝てな、人間のガキ」
「ぐ、あ……ッ!」
「ヒヒ、今日はどんなクソ野郎に出会えっかな〜」
「ルナ、……ル、まっ……、」


口を閉ざした僕を、彼は容赦なく蹴りあげた。
地面を転がる僕は何とも無様で、塞がりきれてない傷口がズキリと痛む。ケタケタと笑いながら立ち去る彼を呼び止めようとするけれど、それが届くことはなかった。

……彼の、言うとおりだ。
言霊の存在があっても、言葉にすることが出来なければ、それは意味がないのと同じこと。弱く脆い僕は、彼を止めることすら出来ない。

そんなことを、薄れる意識の中で思ったのだった。



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