初めての恋はレモンのお味(5/5)


――街の中央に位置する大通り。
石畳で作られたその道を歩いていくと、きらびやかな金で包まれた豪邸に辿り着く。玄関扉から数メートル先に造られた巨大な門は、ルビーやサファイヤ……そしてエメラルドといった様々な宝石の飾りで彩られていた。

街中の誰もが知る、とある名家の大豪邸である。



「――いやはや、本日もお嬢様は可愛らしいお姿をしてらっしゃいますね」
「ええ、そうでしょう? わたくしの自慢の娘ですもの。つい、張り切ってしまいますわ」


高級そうな革の服で身を包んだ男と、指や首元を宝石で飾る女が楽しそうに談笑する。その話の中心にいる人物は、表情を変えずただ真っ直ぐに前を見つめていた。


「…ねえ、ヒメ。あなたもそう思うでしょう?」
『ええ、そうですね。お母様』
「……何度見ても、この技術には驚かされますねえ」


頭上で飛び交っていた会話の同意を求められ、ヒメ、と呼ばれた彼女は返事の言葉を並べる。二人の会話はロクに聞いていなかった彼女だが、そう答えれば母が満足そうに笑うのを彼女は知っていた。

彼女の目の前に映し出された半透明のスクリーンに、男は顎をさすりながらまじまじとその光景を眺める。それには、デジタル調の白い文字が淡々と書き綴られていた。


「ふふ、素晴らしいでしょう? ヒメは生まれつき話すことが出来ませんから、無理言ってお願いしましたの。おかげで、言葉を話せないヒメとも会話をすることが出来ますわ」
「誠に素敵な話でございます。お嬢様もさぞ、喜ばれているでしょう」


笑い合う彼女たちの声に、ヒメはぱちりとひとつ瞬きをする。金で縁取られた無機質な睫毛は、目の動きに従うだけで揺れることはなかった。

――私のことなど、どうでもいいでしょうに。



◆◇◆



父と母、彼らの間には子供がいなかった。
血を引き継ぐ者がおらず、そうなればいずれ名家の名は忘れられ、やがて消えていく一途を辿るのは明白だった。

それを恐れた彼らは、どうにかして名を残そうと、ある1つの策を思いつく。彼らは有能な科学者たちを掻き集め、大金をはたいて――そして、機械の身体を持つ、ひとりの少女を造り出した。


『よろしくお願いいたします。お父様、お母様』


彼女の胸に埋め込まれた機材が映し出すその文字に、彼らは大いに喜んだ。娘が生まれたと。その抱き締め合う彼らを見て、彼女も嬉しそうに笑顔を作った。

人のように動き、人のように学び、人のように表情を作る。そんな彼女に、彼らは色々なものを与えた。煌めく大きな宝石に上質な洋服、高級な装飾品の数々。彼らは彼女を愛して、彼女もまた愛されていると思っていた。

――だが、彼女の身体はあまりにも、よく出来すぎていた。


「あら、開かないわ」
『私が開けます、お母様』


ある時、母がジャムの瓶を開けようとしていた。母が困っている――、そう思った彼女がそれを受け取り、開けようとすると。彼女の手の力に耐えきれなかったガラスの瓶は粉々に砕けて、ジャムと一緒にべとべとと床に落ちてしまった。


「……っ!」
『……申し訳ありません、お母様』
「…え、ええ、いいのよ。気にしないでちょうだい。今、タオルを持ってくるわ」


"なんて、恐ろしい子なの"

口に手を当てていた彼女はぎこちなく笑うと、逃げるようにその場をあとにする。――それと同時に、彼女が胸に秘めた本当の言葉が聞こえた。

科学者たちが可能な限りに組み込んだ、有能なプログラム。それを持つ少女は、もはや人以上の力を持っていた。並外れた身体能力に、僅かな心の起伏を感じて気持ちを読み取る感覚機能。彼女の持つどれもが、人のそれより桁外れに優れていた。

人ではないその力に気づき始めた彼らの顔から、段々と笑顔が消えていく。自分から距離を取るようになり、扱いも乱雑になっていき。所詮はつくりものの存在に、彼らの怒りの矛先は自然と自分に向けられるようになった。


そんなある時、事件が起こった。
――名家の財産を狙った、娘の誘拐事件だった。

ヒメに飾られた、たくさんの宝石。それら一つ一つが数百万に相当し、ヒメだけで充分な生活が送れる程で。人質として脅せばさらに金を要求できて、誘拐する者たちにとってはもってこいの人物だった。


「ああ、よかったわヒメ。貴女が無事でいてくれて」
「どこにも怪我はないようで、安心したよ」


無事に救助され二人の元に戻った彼女に、彼らは泣きながら抱き締める。自分に関心など持っていないだろう、と思っていた彼女だが。自分に涙する彼らの姿に、必要とされていると期待した。

――けれど、それは一瞬のことだった。


"貴女にいったいいくら掛けたと思っているの"
"本当に迷惑なことをしてくれる"


彼らの心ない言葉が、彼女の耳に届いた。

しかし、詰め寄る報道陣に味をしめた彼らは、その事件を繰り返すようになる。意図的にさらいやすい状況を作って、報道されて、"娘を幾度となく失いかけて心を痛める"仮そめの姿を取り上げられて。……その大半が、彼らの計画的な犯行によるものだということも、彼女は知っていた。

報道陣が立ち去ったあとは、変わらず罵声を浴びせ、遠ざけて――壊れない自分に、手をあげる。

それでも。身なりを気にする彼らは、彼女を綺麗な宝石で着飾って周りに偽りの家族を演じるのだ。


『私は、いったい何のために生まれたのでしょう』


誰もいない部屋の中、胸の前に映るスクリーンの文字を見て、彼女は静かにその映像を閉じた。

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