機械仕掛けのお姫様(1/7)


満月の夜、複数の駆ける音が薄く汚れた廊下を鳴らす。


「てめえら、待ちやがれ!」
「…ったく、ほんとにお前は毎回余計なことをしやがって…!」
「なはは、ごめんって。いやー、まさかあんなとこに仕掛けてあるとは思わないからさ」


まるで謝る気のない彼のからりとした笑い声に、しずりは苛立ったようすでひとつ舌打ちをした。


――それは、数分前のこと。
しずり達は強盗が根城にしているらしき、古びた洋館を訪れていた。あいにく、じいは腰を痛めており、この日はしずりと霙の二人だけで行動することになった――の、だが。


「あっ、開いてるとこあんじゃん。あそこから入ろ!」
「……ばっ、待て! そんな迂闊に……っ」


建物の周りを観察していた時。一階の窓がひとつだけ開いていることに気づいた霙は、しずりを抱えて軽々とその窓に飛び乗る。不自然に開いた窓に怪しさを感じたしずりが、慌てて止めようとしたが……時、すでに遅し。

窓の先に設置されていた防犯トラップに、霙はばっちりと引っ掛かってしまった。

鳴り響くブザー音を聞きつけ、すぐそばにいた強盗の一味が駆けつける。「まいったねー」と諦めたようにニコッと笑う霙を見て、お腹を抱えられたままのしずりは顔に手を当てながら深く息を吐いた。

――鬼ごっこの幕開けである。


「くそ、ガキだけだったらすぐ追いつくってのに…!」
「……フン、舐められたもんだな」


現在の追っ手は三人。脚力は霙の方が上らしく、彼らはなかなか逃げ回る二人に追いつけないでいた。その苛立ちからか、追っ手のひとりが悔しそうにぼやきを口にする。

背後でふいに呟かれたその声を、彼女は聞き逃さなかった。


「ちょっと、肩に乗せてくれ」
「…え? 肩ってこういう……、うわあっ!?」


しずりの言葉を不思議に思った霙だったが、言われるままに脇に抱えていた彼女を自分の肩へと持ち上げる。膝を曲げて屈んでいた彼女は、「悪いな」と一言告げると彼の肩を蹴って、勢いよく飛び上がった。

そして。宙に舞った彼女はそのまま腰を捻って身体を回し、先頭にいた男のこめかみを的確に打ち抜く。狂いのない、見事な回し蹴りである。

激しく殴りつけられた男はその勢いのまま身体ごと廊下の壁にぶつかり、床に落ちて意識を手放した。気づけば目の前で仲間が倒されていたその状況に、残りの男達は顔を青くさせて思わず立ち止まる。華麗に降り立って睨み付けてくる彼女を見て、彼らはビクリと肩を震わせた。


「あたしの靴底は鉄製で出来てる、そいつはしばらく起きねーだろうな。……あんまりあたしを甘く見るなよ、クソ野郎共」
「……いや、しずり……あの、パンツがさ…、」


先程の男の発言にカチリときたらしい彼女は、不機嫌そうに腕を組む。小さいながらに威圧感を放つ彼女に、残された彼らはごくりと喉を鳴らして僅かに後ずさった。

――ただ、一人の男は風に舞い、あられもなく見えてしまった白いそれに、目を瞑りながら微かに頬を染めていたのだが。


「霙、あとは頼んだぞ」
「……はーいよ」


一旦、先程の光景は忘れて。霙は彼女の言葉に従い、瞬く間に姿を消した。一瞬にして消えてしまった彼に驚く男達の背後、気配を殺した彼が降り立つように現れる。気づく暇も与えず、両手で二人の首に手刀を振り降ろすと、男達は白目を剥いてその場に崩れ落ちてしまった。


「一件落着〜、かなっと」
「そうだな。とりあえず……、」


しずりが次の計画を話そうとした、その時。廊下の両端からドタドタと段々、何かが近づいてくる音が聞こえた。床を揺らす程に大きくなっていく、それは――。


「やっと見つけたぞ! 捕まえろ!!」
「うわ〜お、こりゃー……」
「やべえな」


廊下の両端、その曲がり角。そこからは大量の男達の仲間が姿を現した。端と端から、埋めるように迫り来る彼らに、二人はたらりと汗を流す。

さすがに、この量を相手にするのは厳しい。そう悟った彼らは、近場にあった部屋の中に転がるように逃げ込んだ。書斎のような、窓もなく隠れるには物が少なすぎる部屋。時間を稼ぐためのその場しのぎの行動だったが、あと数秒で彼らはここに辿り着いてしまう。

いい案が思い浮かばずに、彼女が唇を噛んでいると。霙は彼女の腕を力強く引き寄せた。


「ごめん、しずり!」
「は、」


彼は自分の首に巻いていたマフラーをほどいて、彼女の手首をそれで外れないように強く縛ると、近くの机の上に彼女を押し倒した。

ちょうど、彼らが扉を開けた瞬間――狙ったように霙は彼女に口づけをする。


「なっ……!?」
「……ん? なーに、お兄さん達。イイコトするのにちょうど良さそうな場所見つけたから、この家ん中入ったんだけど。何か用?」
「ふ、ざけんな…っ! 誰がそんなの、」


扉を開けた先の光景に、男達はどよめきの声を口々にあげる。目の前で行われている色事に顔を赤らめる者もいたが、リーダー格のような男はうろたえつつも、部屋の中に足を一歩踏み入れた。

それを見て、霙はにやりと口端を上げる。


「えー、嘘じゃないし。まあ、いいけど……何なら、最後まで…見ていく?」


彼は挑戦的な瞳を残すと、再び彼女に唇を合わせた。そして、見せつけるように足を撫で上げ、彼女の白い太ももを露にさせる。手を拘束されて身動きの取れない彼女は彼のされるがままになり、人がいるにも関わらず続けられる行為に、男の足がピタリと止まった。


「……っ、やるんなら他でやれ! ここはそんな場所じゃねーよ! ……クソが、戻るぞお前ら」


忌々しそうに舌を打つ男の言葉を合図に、彼らはぞろぞろと部屋から去っていく。捕まることにならず、安堵の息を漏らしながら彼が身体を起こすと。彼女は少し怒りの混じった声で、口を開いた。


「バカ…っ、やりすぎだ…!」
「……あ、ごめ…、」


頬を染めて声を抑えながら怒鳴る彼女に、彼はピシリと身体を固める。

腕を縛り上げられ、際どく足をはだけさせたまま鋭い視線を向けてくる彼女。その僅かに潤んだ瞳は、月明かりに照らされて艶ややかな光を帯びていた。……咄嗟のことだったとはいえ、これは。


「……しずり、続き…、」
「早く解けって言ってんだよ、このボケ!!」
「い"っ……!?」


離した身体を戻して、また顔を近づけようとする彼に、彼女は全力で足を振り上げる。彼女のすねが股に直撃した彼は悶絶の声を上げて、床に転がり落ちた。靴の方じゃなくてよかった、と少しの安心を胸に秘めて。


「……はあ、仕方ねえ。バレるのも時間の問題だ、今日のとこはずらかるぞ」
「…了解でーす……」


まだじんわりと残る痛みに耐えながら、彼は腕に彼女を抱えるとそうっと部屋から抜け出した。そして、元来た窓から外に出ようとした時、視界の端に誰かの気配を感じ取る。強盗のひとりかと一瞬身構えた霙だが。

そこにいたのは、窓の外を見つめて佇む一人の少女だった。



◆◇◆



「はあ〜、疲れた!」


帰宅後。霙は一目散に自室のベッドへと寝転がる。緊迫した状況から解放され、彼の気の抜けた声が部屋の中を埋めた。しばらく天井を見つめていた彼だったが、今日のことを思い出し、顔をにやつかせながら横にモゾモゾと向きを変える。


「……名前、呼ばれた」


――霙、あとは頼んだぞ。

ただの一度ではあったが、何度もリフレインするその言葉に彼の顔は緩む一方で。名前なんて飽きるほど呼ばれてきたはずなのに、彼女が口にするそれは、すごく特別なものに思えた。

一向に収まりそうにない口元に、久々に飴でも舐めようかとポケットに手を伸ばす。その時、カサリと何かが指先に触れた。


「あ、契約書……」


気になって取り出してみると、それはすっかりボロボロになってしまった契約書だった。何気なく四つ折りにされたそれを開くと、そこには箇条書きにされた文字がつらつらと並べられていて。その懐かしさに浸っていたとき……霙は最後の一行にぎょっと目を見張らせた。

――"護衛人との恋愛は禁止とする"


「……あー、完っ全に忘れてた…」


赤字でこれでもかと大きく書かれたその文字に、ついさっきまで弾んでいた気分が急降下する。元々は記載されていなかった契約事項。これが作られることになった原因は、他ならない霙本人によるものだった。

まだこの規約がなかった頃、霙がふしだらな目的で女性との契約しか取っていないという事実が発覚する。しきたりに厳しい彼の父親はそれに憤慨し、二度とそんなことがあってはならない、と新しくこの規約が追加されたのだ。


「…はは、自分で自分の首締めるとか……笑えねー」


中途半端に閉じた目で乾いた笑いをすると、彼はだらりと腕をベッドに落とす。くしゃりと紙の鳴る音が耳に残った。

彼女の気持ちが自分に向いていないことは重々承知しているが、これがある以上、彼女と関係を持つことは一切望めないということになる。バレなければ、とも思うが勘のいい父親のことだ。すぐに契約解除の連絡が入って……その後、彼女に会うことは許されなくなるだろう。


「……それは、やだ。もー、どうしろっていうんだよ〜……とりあえずこれ、明日じいさんに返しとくか…」


髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、盛大なため息。また皺のついてしまったそれを彼に返すため、たたみ直してポケットに戻す。

彼女への不信感なんてとうの昔に消えていて、むしろ――心から、彼女を守りたいと思っていた。自分が傷ついてでも他人を守ろうとする彼女を、誰よりも。


「……そういえば、あの子…」


薄く微笑んで、そろそろ寝ようかと思ったとき。ふと、 あの少女の姿が浮かんだ。

窓の縁に手を添えて、ただずっと外の世界を眺めていた女の子。その遠くを見つめる目は、とても……悲しそうな色をしていた。

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