機械仕掛けのお姫様(7/7)


――窓のない薄暗い部屋の中、机を挟み二人の男が対峙する。その内の一人は口元だけで意味深な笑顔を作ると、机に手を付いたまま、もう一人の男に詰め寄るように椅子から腰をあげた。


「悪いけどさあ、お客さん。アンタの望む情報は売れねーな」
「な、なんでだよ! 金ならちゃんと……!」
「……はあ? これっぽっちの金で何ができると思ってんの?」


帽子を被るその隙間から、鋭い眼光が覗く。彼は机に乗せられた二枚の紙をぐしゃりと片手で握り潰すと、それを差し出した男にそのまま押し返した。勢いよく突き付けられた迷いのない手に、男はグッと唇を噛んで黙り込む。そして、向けられた威圧感に耐えれなくなったのか、シワだらけになったお札を手に取ると、この場から逃げ出すように走り去っていった。


「……ったく、ホントなめてんよなー。2万で手に入る情報とか、たかが知れてんだろっての」
「椎凪くん! 何で途中で止めちゃったの!? あと少しでチュー出来る距離だったのに!!」
「お前マジ殺すぞ」


部屋から出ていった男をゴミでも見るかのような目で見送った彼は、背もたれのある椅子にドカリと荒々しく座った。すると、暗がりの影から一人の女が姿を現す。先ほどの光景を見ていたらしい彼女は、彼の名前を大きめの声で呼びながら、興奮気味に詰め寄った。

一方、彼――椎凪はというと。
顔の真横で喋り続ける彼女に、心底うんざりしたように表情を歪める。その斜め上な発言をことごとく無視する彼は、彼女の顔を見ないまま遠くの方を眺めていた。どうやら、この状況には慣れきっているようだ。


「……椎凪、邪魔するぞ」
「あっ、しずりちゃんだ。やっほ〜!」
「おー、来た来た。金づるお嬢ちゃんいらっしゃ〜い」
「…その呼び方腹立つからやめろ」


止まらない彼女の話に、彼の苛立ちが徐々に募り始めていたとき。キィ…、と木製の扉が鈍く唸る音が聞こえた。

二人がその音の方に目を向けると。扉の隙間からは、白髪の少女が姿を見せた。それを見るや否や、ついさっきまで喋り倒していた彼女は、腰から翼を生やして嬉しそうに少女の元に飛び寄る。不機嫌そのものな顔をしていた椎凪もたちまち表情を明るくさせて、ゆっくりと立ち上がり彼女の近くに歩み寄った。

しかし、少女が入った直後。続けざまに現れた長身の男に、椎凪は窺うように頭を傾けた。


「……あれ? 今日は知らないお兄さんいるね?」
「あー……、こいつは、まあ…あたしの護衛してる霙っつうやつで、行くって聞く耳持たねえからついでに連れてきた」
「なはは、よろしくね〜」


少々疲れた様子の彼女の後ろ。片足に重心を預けて、ヘラヘラとゆるく手を振る彼を見やる。見たところ武器は所持していないようだが、風貌から察するに忍の類だろう。

椎凪は品定めするように彼の頭から足のつま先まで目を滑らせて、また腕を組む彼女の方へと視線を戻した。


「…ま、ほどほどによろしく。つっても、俺はお嬢ちゃんにしか興味ないけど」
「……何それ、どういうこと?」
「おい、椎凪。紛らわしい言い方すんじゃねーよ。お前が興味あんのはあたしじゃなくて、あたしの持ってる"金"だろうが」
「あー、そうそう、そうだった。めんどくさくて省いちまった。いつもありがとうな〜、お嬢ちゃ〜ん」
「だあーっ! いちいち触んな、ボケ!」


椎凪の発した言葉に、先ほどまでヘラついていた男の眉がピクリと動く。彼女の身を案じてのことなのか、彼女を守るように一歩前へと踏み出た彼からは、突き刺さるような視線が向けられた。

だが、椎凪はそんなピリついた空気を特に気にすることもなく。めんどくさそうに訂正する彼女へ近づき、わしゃわしゃとその頭を撫で回した。


「……ちょっと、やめてくんない?」
「お〜、そんな睨むなって。……でも、金払うやつにしか情報渡さねーってのが俺のポリシーなんだわ。だから悪いけど、お兄さんはそこで待っててくれる?」
「……っ!」
「…う、おっ…ビビった……。急に何すんだよ、椎凪」


彼女の頭に乗せていた手が、すぐさまパシリと跳ね除けられる。さらに険しくなった彼の顔に、椎凪は一瞬動きを止めたが……どこか護衛とは違う雰囲気を漂わせるその目に何か勘づいたらしい彼は、唇を僅かにニヤリと動かして、これ見よがしに彼女を抱き上げた。

突然浮いた身体に驚いた彼女は、反射的に椎凪の首に腕を回して、元凶である彼にムッと眉を寄せる。そしてまた護衛の彼も、今にも牙を剥きそうな目付きで椎凪を睨みながら、拳を握り締めていて。忍のくせに感情を丸出しにする彼の姿に、椎凪は気を緩めたら吹き出してしまいそうになる自分を必死で抑えていた。


「……そういうわけだから、行ってくる。待たせることになって悪いな。弾と話でもしといてくれ」
「……わ、かった…」


さっさと降ろせ、と彼女は椎凪に悪態をつくが、彼が降ろす気配は一切なく。そのまま二人は、薄いカーテンが掛けられた奥の間へと姿を消していった。

取り残されてしまった彼は、何か言いたげにしながらその場に立ちすくむ。そして、彼らが入った場所を、名残惜しそうに眉を下げて、寂しさを滲ませた瞳で見つめていた。


「霙くんって……攻めに見えて絶対受けだよね…すっごい、忠犬っぽい……」
「え?」
「あ。そいつちょっと頭おかしいけど、気にしない方がいいぜー」


ふいに、少女から弾と呼ばれていた彼女が、ボソボソと小さな声で話し出す。彼女から意識の逸れていた彼がそれに気づき、聞き返しながら振り向くと。彼女は蒼い瞳をまるで光煌めく水面のように輝かせて、彼のことをマジマジと見ていた。その口元は、若干にやついているようにも見える。

急変した彼女の態度に、彼がうろたえていたのと同時のこと。何か思い出したようにカーテンの隙間から椎凪が顔を出し、謎の忠告を彼に告げた。それだけを言ってすぐに引っ込んでしまった椎凪に、彼の胸には言い知れない恐怖が込み上げサッと顔を青くさせる。いまだに外れない彼女の視線を一度だけ見て、彼はくるりと扉の方に身体の向きを変えた。


「や、やっぱ俺帰る…、」
「ええーっ、一緒にお話しようよ霙くん! いきなりいなくなったら、しずりちゃんもビックリしちゃうだろうし! ほら、こっちこっち!」


そそくさと部屋の外に出ようとした彼だったが……、それは叶わず。笑顔でがちりと彼の腕を両手で捕らえた彼女は、女性とは思えない力で彼を引きずり、無理やり近場のソファへと座らせた。


「そーだなー……あっ、霙くんはどんな人が好きなの?」
「なに、その急な質問…」
「いいじゃんいいじゃん! 恋バナは女の子の特権でしょ! で、どんな子がタイプなの?」


弾も横並びにそのソファへと腰を降ろし、両頬に手のひらを添えてにこにこと問いかける。逃げられないことを悟った彼は、渋々と彼女の話に耳を傾けるが。彼女が言うには女の子の特権らしいその話題を振られ、彼は戸惑ったように視線を逸らす。黒髪の隙間から見える顔は、ほんのりと赤く染まっているようだ。


「……気が強くて、すぐ怒る……優しい人、かな…」
「はあー…これはまたマニアックな……。ありがとうございます」
「何で今お礼言われたの、俺」


暫し考えて、ようやく出された彼の返事に、弾はパチリと目を丸くする。"可愛い"や"綺麗"といった答えを予想していた弾だったが、彼の言葉は彼女の中でいいように変換されたらしく、感謝の言葉と共に座ったまま彼に深くお辞儀をした。

訳の分からない彼女の行動に、彼がそっと距離を開けたのは言うまでもない。



◆◇◆



「……ちょうど、新しい情報仕入れたとこだ。昨日の夜、宝石商の男が襲われた。盗まれたのは、Aクラス相当の宝石数十個。強盗の拠点は14番道路の奥……メガやすの跡地だ」
「また、宝石か……最近多いな。そいつらの行動時間は?」
「もっぱら夜って感じだな。23時以降……そのくらいが、狙い目だと思う」
「そうか……分かった、ありがとな」


カーテンの奥、椎凪と少女の会話が密やかに行われる。彼は分厚いファイルから一枚の紙を取り出すと、机に乗せたそれに所々赤いペンで印を引きながら、事細かにその情報を彼女に伝えた。

彼女は内容を確認して、ひとつ溜め息を吐く。そして、受け取った紙を丁寧に折り畳んだ彼女は手提げの鞄にそれを詰め、代わりに縦長の財布を取り出した。――いつもなら、ここで彼女が金を支払い、やり取りが終了するのだが。突如、「あ」と一言だけ呟いた椎凪に、彼女の手がぴたりと止まった。


「……そういえば、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんに頼まれてた件、ようやく尻尾掴んだぜ」
「…っ本当か! どこにいる!?」
「おー、待て待て。その前に、だ。……これ、結構高くつくけど……お嬢ちゃんはどこまで知りたい?」
「……金ならいくらでも払ってやる。お前が知ってること、全部話せ」


彼の告げた言葉に彼女は目を見張らせ、飛びかかりそうな勢いで机越しに彼に詰め寄る。このままでは机に乗り上げてしまいそうな彼女を一旦落ち着かせ、図るように椎凪が問いただすと。彼女は何の迷いもなく、信念のこもった揺らがない瞳で彼に返答を送る。予想通りの彼女の反応に、彼はニッと口端を上げた。


「……1年前に起こった、せせらぎの丘放火事件。多分、お嬢ちゃんが見たのは類っつう海賊の男だ。火を放ったのは別の仲間がやったみてえだが…そいつが首謀者でほぼ間違いない。その界隈では、極悪非道で結構有名な連中らしいぜ」
「海賊…っ、通りで見つからねえわけだ……! クソ、ふざけやがって!」
「まあまあ、話はここからだお嬢ちゃん。一回しか言わねえから、よーく聞けよ?」


海賊。その言葉に怒りを露にしていた彼女だったが、唇に人差し指を添える彼を見て、顔をしかめたまま口を閉じる。彼女の口を結ぶ姿を確認した彼は、先ほどとは別のファイルを取り出してパラパラとめくり、とあるページを机の上に広げた。


「……弾がここで、そいつらの船を目撃している。何が狙いで来たのかは知らねえが……、ウラウラ島に足を踏み入れてることは確かだ。捕まえるなら今がチャンスだぜ、お嬢ちゃん」
「よくやったぞ、椎凪! そこまで分かれば充分だ、絶対に逃がさねえ…!」


彼が指で示すのは、ホテリ山と書かれた文字の近くに位置する水色で塗られた場所。どうやら、この紙に描かれている地図は二人が現在いる島を模したものらしい。彼女は知り得ることのなかったであろう情報を聞き、しかめていた顔を緩めて歓喜の声をあげる。

椎凪は意気込む彼女をしばらく見据えたあと、目深に被っていた帽子をその地図の上に重ねて、おもむろに立ち上がる。急に背を高くした彼を、彼女は不思議そうに見上げた。


「……あと、ついでにそいつらの今の姿、教えとくな。俺、超〜優しいからこっから先はタダでつけてやるよ」
「……お前が金払わせねえとか、気味悪いんだが…」
「まーまー、人の好意は素直に受け取っとくもんだぜ?」


珍しく気前のいい彼に、彼女は怪しむような視線を向けるが。やはり、彼の言うことが気になるのか帰る様子はなかった。

居座ることを決めたらしい彼女を見届け、ニヤリと笑みを作り手のひらを胸の前で組んだ直後。彼の身体が、やんわりと白い光に覆われた。


「これが、今の類な。……んで、これが灯って男。恐らくこいつがナンバー2で、森に火をつけた張本人だと思う。その灯とよくいるのが……、この霰って女。見た感じ、あのお兄さんと同じ仕事してんじゃねーのかな」
「……何回見てもその能力すげえな…。つーかよく分かったな、そんな細かい情報」
「まあな。優秀な部下がいるもんで」


彼を包む白い光がぐにゃりと形を変え、その中からは椎凪とは違う、ガタイのいい男が姿を現す。背も元の彼より数十センチ高く、着ていたスーツはパツリとキツそうに張っていた。声は椎凪そのもので違和感はあるものの、見事な変わり身に彼女は感嘆の声を漏らす。――メタモンである彼の得意技、"変身"である。

その後も、ころりころりと細身の男や水色の髪をした少女に姿を変えて。情報屋の彼が情報通なのは当たり前のことではあるが、姿ひとつでそこまで推測出来てしまう彼に、彼女は感心するしかなかった。


「それと、この葉羽って男と……こいつ、プティ。こいつらも二人で行動することが多いみてえだが、理由はよく分かんねえ。まあ、バディみてえなもんなんだろうけど」


机に立てた片腕の先に顎を乗せ、記憶に刻み込むように眺めていた彼女だったが、彼が見せた最後の二人に驚愕した顔で目を見開く。口を閉ざして、少しの間。顎に当てていた手をゆるりと離して、彼女は少しためらいがちに彼に問いかけた。


「……っ、おい…、そいつらも、仲間って…本当なのか?」
「俺は情報に関しては、本当のことしか言わねーよ。…なに、心当たりでもあるわけ?」
「心当たりも何も……その二人に、一度会ったことがある」


彼女と同じ背丈くらいの少年になっていた椎凪は元の姿に戻ると、悔しげに唇を噛む彼女を見てゲラゲラと笑いだす。帽子を被り直して椅子に身を投げた彼の中に、遠慮という二文字はないらしい。


「あーらら。惜しいことしたね、お嬢ちゃん」
「クソ……っ、……でも、類がこの島にいるってのは間違いなさそうだな。…椎凪、助かった。金はいくら払えばいいんだ?」
「う〜ん、500万くらい?」
「はあっ!? こんの、ぼったくり野郎が…!!」


背もたれに体重を預けて座っていた彼は、片手を開き挨拶でもするかのような軽い調子で、それを彼女の前に差し出した。その度を超えた金額を聞いて今度は鬼のような形相で怒鳴る彼女に、椎凪は口を手で覆いながらくつくつと笑う。分かりやすい彼女の反応は、彼のお気に入りなようだ。


「……って思ってたんだけど、今日は気分いいから5万で勘弁してやるよ。お嬢ちゃん得したね〜」
「…お前、ここ最近値段下げること多くないか? まあ、安いに越したことはねえんだが……」
「そうそう、機嫌がいい内にちゃっちゃと払っといた方がいいんじゃね〜? 俺は多く貰う分には大歓迎だけど」


彼の言動を不審に思いつつも、彼の言い分はもっともだ、と納得した彼女は言われたとおりに財布から五枚の紙を引き抜いて椎凪に渡す。受け取って扇子のように広げたそれを指で弾きながら枚数を確認した彼は、「まいどあり〜」と気の抜けた声を彼女に送った。



――そして、少女たちが帰ったあと。
椎凪はある人物に電話を掛けていた。


「……あ、おじいさん? 久しぶり〜。……あー、うん。そうそう。今日は他の情報もやっといたから、いつもより高くつくけど……残りの55万、よろしく頼むぜ」


携帯越しから聞こえた「かしこまりました」の声に椎凪は軽く返事をして、ブツリと携帯の電源を切った。小さくなった煙草を一息吸い、丸く口を開けて吐き出すと、輪っか状の煙が列をなす。それを見ていた弾は、ソファに寝転んだまま彼に声をかけた。


「おじいちゃん優しいよねー。しずりちゃんの代わりに払ってくれてるんでしょ?」
「俺的には二度手間になるから、お嬢ちゃんに全額払ってもらいたいとこだけど。つーか、お嬢ちゃんに怪しまれないようにすんの、めんどくせーし」


――彼女たちと初めて出会った、数ヶ月前のこと。最初は彼女の執事が金を支払っていたが、あの少女はそれを許さなかった。主である彼女の言葉を断る訳にはいかないが、幼い彼女にそんな大金を支払わせるわけにもいかず。執事の彼は頭を悩ませ、あることをこそりと椎凪に持ち掛けた。

"金額の一部だけお嬢様に支払っていただき、残りは私に支払わせて頂けませんでしょうか?"

高値の取引を難なくこなす彼らを取り逃がすまいと、渋々その提案を了承したものの。思いのほか面倒なそれに、椎凪はガリガリと首を掻いて仕方なさそうに溜め息を吐いた。


「……ったく。孫想いもいいとこだぜ、ほんと」

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