機械仕掛けのお姫様(6/7)


「お嬢様、ようやく出来上がりましたよ」
「本当か、じい!」


雲一つない、朗らかな朝。
霙がリビングに立ち寄ると、そこには既に全員が集まっていた。それぞれ興味津々、といったようにテーブルに置かれた何かを囲んで賑わっている。

気になった霙も、しずりの後ろから覗き込むように見てみると。そこには、色鮮やかな傘と渋めの茶色い杖が並べられていた。


「……なーに、それ?」
「おはようございます、霙様。こちらは今しがた届いた、傘と杖でございます」
「いや、うん……それは見たら分かるんだけど…」


確かに、そこらの傘や杖よりも見かけが綺麗で高そうではあるものの、そこまでして騒ぐほどのものなのだろうか。……ということを霙は聞きたかったのだが、あいにくじいからは見た目どおりの言葉しか返ってこなかった。

スッキリしない解答に言葉尻をまごつかせていると、しずりがふいに霙の方へと視線を仰ぐ。見上げるその顔は、どこか自慢げな表情をしていた。


「これはただの傘と杖じゃないぞ。仕込みの細工がしてあって武器としても使えるんだ」
「へえ〜…仕込み武器、ねえ。ちなみに、どうやって使うの?」
「……それは、じいが今から言う」


ごく自然の流れでそう質問したつもりだったが、どうやら彼女も知らなかったらしい。白い歯を見せて流暢に語っていた顔がぎこちなく変わり、虚をつかれたとでもいうように視線を逸らした彼女は、また前を向いてしまった。

彼女が考えなしに口走ってしまうなんて、余程これを待ち望んでいたことが伺える。しかし、最初の自信に満ちた表情を思い出して、我慢しきれずに堪えていた笑いを吹き出すと。遠慮のない肘打ちを腹部にお見舞いされた。普通に痛い。


「では、まずはお嬢様の傘についてご説明いたします。お嬢様、こちらにティッシュを詰めていただけますか?」
「おう。……これでいいか?」
「はい、バッチリでございます。そうしまして、傘を広げ持ち手部分を回しますと……」


じいが差し出した傘の先端部、開閉式になっているらしきそこに、しずりは言われたとおりにティッシュを一枚詰め込む。彼は再び閉じたそこを確認すると、天井に向かって傘を広げた。花開くように広がった傘は、縁取られたフリルや彩り豊かな色彩がさらに際立ち、閉じているときよりも華やかに見える。

そして、彼が傘の支柱を持ちながら持ち手の部分だけ回転させると。回して90度辺りで鳴ったカチリという音と共に、先ほどのティッシュが勢いよく傘から飛び出して宙をひらひらと舞った。


「……このように、入れたものを拡散することが出来るようになっております。ですので、眠り粉をこちらに入れまして、」
「さっきみたいにすれば効率よく敵を眠らせて、任務に集中できるってわけだな!」
「左様でございます」


食い気味な彼女の言葉に彼はにこにこと微笑み、落とさないように彼女へとそれを手渡した。嬉しそうに傘を抱えたしずりは、いいだろ、と言わんばかりの勝ち誇ったような笑みでこちらを振り向いて。

今度はその彼女の可愛らしい行動に思わず口元を緩めて笑っていると、また殴られてしまった。グーでの攻撃だったが、不思議と痛くは感じなかった。


「……で、じいの杖はどんなやつなんだ?」
「私のはシンプルな仕込み刀でございますよ」「刀か…! かっこいいな、じい! 似合ってるぞ!」
「おじいちゃん、すごーい!」


しずりに問われ、杖の丸みを帯びた部分に手を掛けたじいは、その部分を軽くひねる。すると、引っ掛かりが外れるような音が鳴り、引き抜けば杖の薄い切れ目からは研ぎ澄まされた美しい刀身が姿を現した。

傘を椅子に立て掛け、その光景を眺めていたしずりは、目を輝かせながら歓声をあげる。テーブルに腕を寝かせていた身体は、見る前よりもやや前のめりになっているようだった。


「ほっほ、この年になってそのようなお褒めの言葉をいただけるとは。身に余る光栄でございます。ですがこちらの刀、中身は逆刃となっておりますが……危険ですのでむやみに触らぬよう、お気をつけくださいませ」
「……別に、俺だって刀くらい…使えるし」
「何だその顔は…」


皆がワイワイと盛り上がる中、しずりがさらりと発した"かっこいい"という言葉に、一人の男がブスリと不満そうな顔をする。口を尖らせてジトッとした視線を送る彼の顔を見て、しずりは呆れたような深い溜め息をひとつ。

……いい大人が、何に張り合っているんだか。


「ねえねえ、おじいちゃん。小夜とお姉ちゃんのはないのー? 小夜もしずりちゃんみたいなの欲しいーっ!」
「お前には魚たちがついてるじゃねーか。ヒメも今のままで充分色んなことできるから、必要ねえだろうし。な、ヒメ」
『そうですね、とくには』
「むうー……」
「……はあ。じゃあ、あたしが使ってないときはお前もこれ使っていいから。それで我慢しろ」
「ほんとおー!? しずりちゃんありがと〜! えへへ、大好きー!!」


ぐずぐずと一向に引き下がる気配のない彼女に、しずりは数回頭を掻いて仕方なさそうに傘に親指を向ける。頬を膨らませて目を潤ませていた小夜だったが、それを聞いて一転。眩しいくらいの笑顔に表情を変えた彼女は、しずりの胸に飛び込むように抱きつく。しずりがその小さな頭を、困ったような笑みでポンポンと撫でるのは、もはや日常茶飯事のことで。

そして、ムッとした顔でそれを見つめる彼に、彼女がニヒヒといたずらっ子のように笑うのも、もはやお決まりのことだった。



◆◇◆



一段落つき、しずりはリビングのソファでくつろいでいた。その手には例の傘が握られており、開いてみたり回してみたり……と待ちに待っていたそれに、なかなか気持ちが落ち着かないようで、ずっとこの調子である。

しかし、隣に座って無言でその光景を見ている霙が気になったのか、しずりは傘に向けていた視線を彼の方へとずらした。


「……お前も好きなとこ行けばいいだろ」
「ん? いや、いーよ。しずり見てるの楽しいし」
「…あっそ」


じいと小夜は中庭に行き、ヒメは自室へ。各々自由に過ごしていたが、霙は特に何をするわけでもなく、先程から彼女が傘をいじっている姿を見ているだけで、そこから動こうとしない。しずりが声をかけてみるが、彼はニコッと笑うだけだった。

言っても無意味そうなことを悟った彼女は、再び傘へと視線を戻す。すぐに自分から意識が逸れてしまった彼女を見て、彼は少しだけ顔をしかめた。


「……よいしょっと」
「うわっ! んだよ、離せ!!」
「なはは、やっぱ見てるだけなのつまんない。これくらい、いいでしょ? しずり、あったかいから気持ちいーんだよね」
「……子ども体温だって言いてえのか?」


おもむろに伸ばされた手が彼女の腰を引き寄せると。しずりの小さな身体は軽々とその腕の中へと吸い込まれた。霙に覆われるようにすっぽりと収まった彼女はしばらくじたばたと暴れていたが、がっちりと回された腕は離してくれそうもなく。疲れたのか、はたまた諦めたのか……チッと舌打ちをしたあと、彼女の身体からは力が抜け、大人しくなった。

霙の言葉に、しずりは少し拗ねたように文句を綴りながらまた傘をいじりだす。その後ろ姿を愛おしそうに眺める彼は、彼女をさらに引き寄せ、その肩口にぽすりと顔を埋め込んだ。


「……しずり、いつもいい匂いする」
「ああ? シャンプーとか洗剤の匂いなんじゃねーのか」
「ううん、そうじゃなくて。何か、花の……いい匂い」
「花……? …あー、もしかしたら毎朝あいつらに飯やりに行くから、その匂いが染み付いてるのかもしれねーな。中庭にいっぱい咲いてるだろ、白い花」


そういえば、中庭には草木に混じり小ぶりな花が連なるようにたくさん咲いていた。細かな花弁を揺らしながら群生するその隅の方には、一本だけ百合の花の姿もあったような気がする。

こんなに優しい花の香りがあるなんて、知らなかった。自分が知っているのは、鼻にツンと来るような香水の、きつい匂いばかりで。あのやけに残る作り物の花の香りは、どうしても好きになれなかったが……彼女の飾らない自然の香りは心が安らいで、とても落ち着いた。

――会話が途切れて、僅かな沈黙。
なかなか離れない霙に、しずりは思い出したように話を切り出した。


「……つーかお前、最近ずっとここにいるよな。初めに言ったと思うが、任務以外の日はずっと居座っておく必要はねーんだぞ。暇なら遊びにでも、」
「ねえ、しずり。俺がずっとここにいる理由、ホントに分かんない?」


行けばいいだろ、と続くはずだった彼女の言葉は、覆い被さる彼の声に掻き消された。どこか、試すような言い回し。それに分かりやすく眉間の皺を寄せたしずりは、軽く身体をねじって睨むように彼の顔を見上げた。


「……あ? 何だその言い方、まさかあたしのせいとか言うんじゃねーだろうな」
「あは、なーんだ! ちゃんと分かってんじゃん!」


ニパリと口を開いて笑う霙に、しずりが目を瞬かせた一時の間。彼の顔が近づいて、彼女の流れるような白い髪をそっとすくう。

少し動けば唇が触れ合いそうな距離。
彼は慈しむように彼女を見つめ、囁くようにその言葉を告げた。


「……俺ね、しずりのこと好きになっちゃった」


窓から入るすきま風が、静かな空間を撫でるように流れていく。彼女がその言葉を噛み砕いている間に、彼の手が髪から色白な頬へと移動して。優しく触れながら指を滑らせた彼は、さらに彼女との距離を近づけた。

……否。近づけようとした、のだが。


「……で? 言うことはそれだけか?」
「え、」
「フン、どーせ他の女にも同じようなこと言ってんだろ? そんな安っぽい言葉で誰でも落ちると思ったら大間違いだからな、バーカ」


一瞬、驚きの顔をしていた彼女の目が、キッと鋭いものに変わる。欠片も信じていない、というようなその視線に、今度は彼が面食らう番で。立てた親指を下に向け、これでもかと"バカ"を強調させた彼女は、三度目の傘いじりに突入してしまった。

吐き捨てるように一気に放たれたその言葉が衝撃的で、しばらく固まって動けないでいた霙だったが。内容をようやく理解した彼は、慌てて彼女の肩を揺さぶった。


「ちっ、ちがっ…! 俺、本気でしずりのこと……!」
「あ、やべ」


いくら彼が何を言おうとも、今までの彼の行いを見てきた彼女の心に、易々とそんな言葉が響くわけもなく。ツンとそっぽを向いてしまった彼女にどうにかして聞き入れてもらおうと、傘を握るその腕を掴んだとき。カチリ、と不穏な音が鳴った。

彼女がしまった、という顔をしたのと同時に、傘の先端から何かの粉末がブワリと吹き出す。それは、試しにとしずりが事前に仕込んでいた眠り粉で。どうやら霙が腕を揺らした反動により、傘の仕掛けが動いてしまったらしい。

空中から降り注ぐそれを吸い込んだ、数秒後。あっという間に意識を手放した彼の身体は、項垂れるように前へと倒れ込む。腕を回されたままの彼女は、当然それを避けることなど出来ず、力の抜けた彼の全体重がのし掛かるはめになり。彼女からは「ぐえっ」と蛙の潰れるような声が聞こえた。


「クソ……、すげえ重いな、こいつ。じいー……は、外か。参ったな……」
『……しずりさん? 大丈夫ですか?』


力の限り退かそうとするが、眠り粉に当てられぐうすかと深い眠りにつく彼はビクともしない。腕と身体の挟み撃ちにより、いよいよ苦しくなってきた彼女の顔が青ざめ始めた、その時。ガチャリと扉を開ける音が鳴った。

リビングに入った人物は不自然に折り重なった二人を不思議に思ったのか、覗き込むように霙の下を窺う。すると、それに気づいたしずりは救世主を見つけたとでも言わんばかりに、パッと顔を明るくさせた。


「…っ、ヒメ! ちょうどよかった、こいつを部屋まで運んでくれねえか? 間違えて眠らせちまったんだ」
『はい、分かりました』


快く返事をしたヒメは、テキパキとしずりに絡んでいた腕をほどく。彼女が無事に脱出したのを確認すると、軽々と霙の身体を持ち上げた。大の男を何てことはない顔で姫抱きする彼女に、少しの間あっけにとられていたしずりだったが、彼の情けない姿を見て思わず笑いを溢す。

急にケラケラと笑いだした彼女にヒメはこれまた不思議そうな顔で、パチパチと瞬きをしながら顔を傾けた。


「ははっ! ヒメ、お前最高だな! ざまーみろって感じだ。クソ、携帯持って来とくんだった」
『しずりさん、そんなに引っ張っては霙さんが可哀想です。』
「……お前は優しいな…。こいつに付け込まれないようにしろよ? いいか、ヤバイと思ったら急所を狙うんだぞ」


さっきの仕返しなのか、しずりは眠りこける彼の頬を遠慮なく摘まんで引き伸ばす。痛みにうーん…と唸り始める彼を憐れに思ったヒメは、ストップの言葉を彼女に掛けた。

心配する文字列を見て逆に心配になったしずりは、こうだぞ、と実技を交えて対策法をヒメに伝授する。可愛らしい顔からは想像も出来ない彼女の行動に、今度はヒメがくすりと笑顔を作った。


「……そーいや、お前の住んでた家もここくらいの広さなのか?」
『そう、ですね……このお屋敷とさほど変わらないかと……、あっ。』
「……フン、やっぱり記憶なくしたっつーのは嘘だったんだな。どうせ、こいつの入れ知恵なんだろうけど」


自然に聞かれた問い掛けに、うっかり返事をしてしまった。慌ててスクリーンを消したが、その言葉はばっちりと彼女に見られてしまったようだ。最初から気づいていたらしい彼女は、めんどくさそうに彼を見て溜め息を吐く。……嘘をついたことに、怒っているのかもしれない。

追い出されてしまうのだろうか、という思いが過り自然と視線が下がる。ここにいる人達はみんな優しくて、温かくて。前の……お母様とお父様のいる場所にはもう戻りたくない、と思ってしまう。宝石で飾られたあの家は、無機質で冷たくて…、まるで私の身体のようだったから。


「……ったく、戻りたくない理由があるんなら、わざわざそんなことしなくても置いとくってのに。ほんと、変な知恵ばっかり働かせやがって……」
『しずりさん……。理由を、聞かないのですか?』
「……お前が話したくなったら話せばいいことだろ。とりあえず、あたしはじい達のとこに行くから、こいつのこと頼んだぞ」
『……ありがとう、ございます…。』


どうやら、先程考えていたことは無用な心配だったらしい。仕方なさそうに口元を緩める彼女に深々とお辞儀をすると、彼女はその小さな手で私の頭を軽くポンとはたき、宣言通りこの場から立ち去っていった。

離れゆく彼女の背中に、何故だかほろりと涙が零れ落ちる。頬を伝い落ちたそれはたちまち石のように硬質になり、煌めくように光を反射しながらコロリと床に転がった。



――しずりと別れ、辿り着いた彼の部屋。

変わらず寝息を立てる霙を、広々としたベッドにそろりと寝かせる。綺麗なその顔を見つめていて、何となく。彼のほっぺたに人差し指を突いてみると、それはすぐに煩わしそうな表情に変化して眉間がくしゃりと歪んだ。その反応が可愛く思えて、ついフフッと笑ってしまう。しかし、それもつかの間のことだった。

……うっすらと、気づいていた。
普段から優しく笑う彼の目が、唯一変わるとき。彼女に向けられたその瞳には、幸せそうに愛しむ気持ちが映り出る。

それは、行動にしても同じことだった。彼女といるときの彼は、他とは比べ物にならないくらい笑顔が眩しくて、彼女がいないとソワソワと落ち着かない。そして、今もなお。眠っているにも関わらず、彼の心には彼女の名前が浮かび上がっている。


――霙さんが好きなのは、しずりさん。
私なんか到底敵わない、とてもとても素敵な人。

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