第二章(7/11)


***

いくつもの倉庫が並ぶ船尾付近。
その静寂を破ったのはとある男の、どこか間抜けな、野太い声だった。

「誰かああぁ! 助けてくれえぇぇぇ!」

倉庫内に身を潜める絆優と兵太は、突然聞こえてきた第三者の声に顔を見合わせた。
声の大きさからしてまだ随分と遠い所から発せられた様だったが、じきに聞こえ出したどたどたという足音が、明らかにこちらへ近付いているという事実を告げていた。

「へ、兵太さん……!」

「うむ」

兵太は大丈夫だ、といわんばかりに絆優の肩をぽん、と叩くと、黙って倉庫の入口へ移動し、ドア越しに耳を当てた。
ここ周囲の廊下は物が乱雑に置かれ随分と入り組んでいる。それにここは廊下の一番隅に位置する角の部屋だ。そうそう見つかるような場所ではない……。
そう思った矢先。
どん、と大きな鈍い音が響いた。ドアの直ぐ向こう側から聞こえた様だった。
思わず縮こまる絆優を見て、兵太は急いでドアから離れ、絆優を連れて部屋の隅に在る物陰に隠れた。

「大丈夫かい?」

「はいぃぃ……」

全くツイていないなあ、と兵太は頭を掻いた。
外では先程の物音の後、人間が何やら言い争っている様である。

「な、なんなんだお前達!! 僕は何もしていないぞ!?」

「これが何もってこと無いんだよなあ」

「お兄さんさぁ〜、今あったこと、なぁんにも見なかったことにしてくんないかなぁ〜?」

「な、何を……」

どうやら三人程の男が居る様だ。
先刻の助けてくれという悲鳴は、恐らく今現在言い寄られている方の一人から発せられたのだろう。
しかし未だ、はっきりとした状況は掴めない。

「まあとりあえず聞いていい? お兄さん、どうして一人だけ無事なわけ? お水、一滴も飲まなかったの? そんなに大きな身体なのに?」

一人の男が問うと、野太い声の男は声を震わせながらも返答した。

「う、うるさい……! 水なら沢山飲んださ! ぼ、僕はなあ、いつも水をいっぱい飲むから、皆に迷惑を掛けない様に、自分の飲み物は自分で厨房に持ってきてるんだよ! だからお前たちの用意した飲み物にも、手を出さなかった……!」

「はー……、なるほど。そういうことね」

一人の男が、長めの髪をくるくると弄りながら頷いた。
野太い声の男――白いコックコートを着たふくよかな青年は、震える手足を抑えながら相手に尋ねた。

「お、お前達は、皆を眠らせて、一体何をするつもりなんだ……!? 他の司厨員や船員たちに、一体何をしたんだ……!」

「それは教えらんねぇ。ていうか、俺達のこの服を見て何も察することの出来ないお前が悪いんだよぉ〜だ」

もう一人の男……切れ長の目をした男は、自身の黒い制服の襟元を引っ張り上げてみせた。
そしておもむろに自身のベルトからモンスターボールを取り出すと、ぽい、と床に放った。
中から出てきたのは黒い獣の姿で牙を剥くポケモン、デルビルだった。

「くっ…!」

その姿をみた司厨員の男は、負けじと自身のポケットからモンスターボールを取り出し投げた。

「いけ、昴(すばる)!」

昴と呼ばれ飛び出したのは、鼠ポケモンのピカチュウだった。
相手を威嚇するように、頬からぴりぴりと電気を出して見せている。

「へっ。そんなちーちゃいぴかちゃん一匹、どうってことねぇな」

もう一人の長い髪の男が、自身のモンスターボールを放る。
中から出てきたポケモンは、毒ガスポケモンのドガーズ。浮いた球体の身体から、ポコポコと濁ったガスを出している。
二対一の形勢に、司厨員はぐ、と唇を噛んだ。

「そうやって怖気づいてる間に、全部片付けてやるぜえ!! ドガース、ヘドロ爆弾だぁ!」

「デルビル、噛みつけ!!」

双方のポケモンが勢いよく相手に飛び掛かった。
その時である。

「うおおおおおおお!!」

地鳴りの様な雄叫び。それと同時に、二匹のポケモンが壁際に吹き飛ばされた。
絶句する男達と、目を回す二匹のポケモン。
はっ、と衝撃の元を視線で辿った黒服の男は、再び言葉を失った。

「よお。賑やかにしてんじゃねぇか」

誰も居ないはずの倉庫の前には、一人の大柄な男が立ちはだかっていた。
先程まで静かに閉まっていた倉庫のドアは、先の体当たりのせいで、蝶番が一部外れてしまっていた。

「な、何なんだお前は……!」

吠える黒服の男に、大柄な男は白髪交じりの顎髭に手を添えてみせた。

「俺か? 俺は……そうだなあ……」

暫く悩んだ後、笑顔で応えた。

「迷子だ」

***


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