「降って来ちゃいましたね」と××さんが言った数十秒後には、霧雨みたいだった雨はシャワー程の勢いで降り始めた。仕事終わりについてない。「スーツ濡れちゃいますね、傘買って行きましょうか」とコンビニを指差す××さん。近くにコンビニがあって良かったなぁ、と思いながら小走りで店内に入る。降り始めてからここぞとばかりに目立つ位置に陳列された透明なビニール傘。一本600円。やむを得ず買わなきゃいけない傘って何でこんなに高く感じるんだろう、晴れている日はその辺に、それこそゴミみたいにいくらでも放置されてるってのに。俺がビニール傘を2本手に取ると、横から出て来た#名前#さんの手がその内の1本を売り場に戻した。
「え」
…もしかして、下っ端の俺の傘なんて必要ないという事なのだろうか。社会という物をまだよく理解していない俺が知らないだけで、こういう時は後輩は雨に濡れて走るべきだったのだろうか。会社によって社内ルールみたいなのあるもんな、ウチの会社はそういうルールがあったのかも知れない。流石霊幻さん、厳しいな…。

「あ、分かりました走ります」
「はい?いや、コンビニの傘高いから、1本でいいですよって。霊幻さんこういうとこ地味にケチだから、経費で浮かないだろうし」
「あ、じゃあどうぞ使って下さい。俺走って帰るんで」
「え?いや、一緒に入ればいいじゃないですか。これ大きい傘だし大丈夫ですよ」


そんなこんなで俺は今××さんと一つのビニール傘の元に入って事務所まで歩いている。俺は身体がデカいから肩がぶつかったり必要以上にスペースを取って先輩である××さんの右肩を濡らしてはいけないと思って、必死で肩を縮めて傘を××さんを方に傾けながら歩いた。そんな事をしていたので、5分も歩くと俺の左半身は水が絞れるくらいずぶ濡れになっていた。そういえば、傘って人を殴るものじゃなくて雨を防ぐ用途の物だったのかとふいに思い出した。いつの間にか俺の手にあった傘の持ち手を××さんが掴んでいた。俺の背丈に合わせて傘を持ったので、腕が上に上がっている。

「芹沢さん、傘わたしが持ちますよ。自分で持ってないと落ち着かないんで」

そう言った××さんは、俺がなんと言おうと腕を上げて傘をさしたまま歩いた。結局、××さんに傘を持たせたまま事務所の前まで到着してしまった。事務所のドアを開けると霊幻さんが「おー、急に降って来て大変だったな。つーかお前ら二人とも濡れ過ぎ!タオル持って来るから事務所の床濡らすなよ」と言ってタオルを取りに行ってくれた。××さんを見ると、グレーのジャケットが右肩だけ水を吸って黒っぽくなっていた。#名前#さん、気を使って俺の方に傘を傾けてくれていたんだ…。その時初めて気が付いた。…俺もこの人みたいに、さり気ない気遣いができる人間になれるようにしよう。そう思って××さんを見つめていると「芹沢さんもわたしも、バイカラーのジャケット着てるみたいですね」と言われた。バイカラーって何だ……?


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