芹沢の様子がおかしいのは数日前からだった。いや、まあ引きこもりやってたんだから多少の行動は世間知らずという事で納得していたんだけれど、会話の端々で「霊幻さん、俺って女性から見たらどんな感じなんですかね‥‥」とか「俺‥‥ダサいんですかね」とか、やたらと自分の外見について意見を求めてくる様になった。学校で何か言われたのだろうか。全く、俺は親じゃねぇんだぞ、と思いながら「芹沢、今日飲みに行くか。学校休みだろ」と誘ってやった。ゆっくり話を聞いてやろうじゃないか。


「俺レモンサワー、お前は?」
「あ、じゃあ‥‥ビールを」
「ていうかお前、引きこもってたのに酒飲めるの?」
「あ、はい。たまに発泡酒とか飲んでました」
「へぇー、強いの?」
「そんな飲んだことないから分かりませんね」


当たり障りのない話をしていたら、酒とお通しが運ばれてきた。「じゃ、お疲れ」と言って乾杯すると、芹沢は感極まったような表情をした。「え、どうした」と聞くと「俺‥‥お疲れ様って乾杯するの、生まれて初めてで‥‥前のところでは、みんなで飲んだりとかする雰囲気じゃなかったので‥‥凄い、働いてる感じ‥‥」としみじみと言った。

「そんな事、これからいくらでもあるだろ。あとお前、上司や目上の人と乾杯する時は自分のグラスを下げないと失礼だから覚えておけよ」
「あっ、はい!すいません!」
「俺はいいけどさ、学校とかこれから先転職する事があるかも知れないだろ。そういう時の飲み会は気をつけろよ」
「転職なんて‥‥か、考えられません‥‥」
「今はだろ。人生なんて何があるか分からねぇんだから」
「まあ‥‥そうですね」


お通しのたこわさをつまみながら、何だかんだ納得した様に頷く芹沢。こいつもちょっと流されやすいとこあるよな‥‥。「でさ、お前最近なんか悩んでない?」と本題を切り出すと「えっ!どうして分かるんですか?!まさか、テレパシー‥‥」と狼狽えるので「いや、見れば分かるよ」と教えてやった。自覚ねぇのかよ。「‥‥そうなんです、実は‥‥」と言って芹沢は少し話しづらそうに黙った。なんだ、学校でイジメか?ギャルみてーな女がいてイモ臭いとか言われたのか?まあ何でも相談してみろよ、それなりの解決方法は提示できるぜ。そんな気持ちで構えていた。

「実は‥‥俺、気になる女性がいて‥‥」

その回答は予想外だった。解決方法が見当たらず、黙ってレモンサワーを飲んだ俺を見て続きを促しているように見えたのか「俺より年下なんですけど‥‥しっかりしていて芯の強い人なんです。でも‥‥その‥‥可愛くて‥‥」と続けた。何なんだよ、なんで酒飲みながら三十路男の赤面見なきゃいけねーんだよ。つーか心配させやがって、そんなことかよ。‥‥なんか腹立ってきた。


「お前に恋は10年早い!」
「えっ?!そしたら俺、40になるまで恋できないんですか?!」
「そうだ、まだ社会に出たばかりで年相応の一般常識を弁えていないお前に、恋なんて早すぎる。今女性と付き合ったりしても、すぐに別れるのがオチだな。俺が社会と恋のマナーを叩き込んでやる!話はそれからだ」
「れ、霊幻さん‥‥」
「芹沢、何事にも勉強は必要なんだ。分かるだろ?」
「そこまで見越して俺にアドバイスをくれるなんて‥‥本当にありがとうございます‥‥」
「なに、これも上司の役目だからな。じゃあまず明日は服を買いに行くぞ、ファッションセンスの訓練だ」
「はい!よろしくお願いします!!」




(次の日)
「お前‥‥なんでパーカーのジップ全部上げるの‥‥?インナーの柄見えないじゃん‥‥」
「す、すいません。落ち着かなくて‥‥」
「あとパンツの裾!ロールアップしろって言っただろ、ダサい!」
「ロールアップ‥‥?(パンの名前か‥‥?)」




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