転んだ。凄い転んだ。この歳でこんなに派手に転ぶんだ、っていうくらい転んだ。べチンという派手な音がして、手の平を強かにコンクリートに打ち付けた。更に鼻も打った。顔が熱い、目頭も熱くなってきた。痛みはみるみる顔全体に広がって、思わず頬を抑えると手が赤くなっていた。ち、血が‥‥顔から‥‥?嘘でしょ‥‥20半ばにもなって‥‥。幸い人通りの少ない場所だったけれど、今は恥よりも痛みの方が大きかった。人通りが少ない分、助けてくれる人も少ない。まばらに通る人達はみんな「うわぁ‥‥」という顔をしていた。そうだよなぁ‥‥わたしだって傍から見たらそういう顔するよなあ‥‥。溢れそうになる涙を堪えて、何事も無かったかのように立ち上がり、鞄の中からハンカチを探した。しかしいくら探しも見当たらない。‥‥そういえば‥‥昨日洗濯して新しいの持ってくるの忘れてた‥‥こんな時に限って‥‥。もういいや、下向いて早く家に帰ろう‥‥。そそくさとその場を立ち去ろうとすると、「良かったら使って下さい」という声がした。顔を上げると、バーバリーのハンカチが差し出されていた。ハンカチを持った手の先を見ると、スーツを着た男の人が立っていた。「えっ?あ‥‥」と咄嗟に言葉が出てこないわたしを見て「あ、顔も擦りむいてるし早めに消毒した方がいいですよ。ウェットティッシュ使います?」と言って今度はウェットティッシュを取り出した。恥ずかしいのと優しくして貰えた嬉しさで、いよいよ泣きそうになりながら「‥‥あ、す、すいません‥‥」としどろもどろにウェットティッシュを受け取って顔を拭いた。めちゃくちゃ染みる。「‥‥それ、絶対めちゃくちゃ痛いですよね」と言われたから、多分めちゃくちゃ痛そうな顔をしていたんだと思う。

「顔は跡になったらあれだし、念のため病院行ったほうがいいですよ。あと帰るまでそのままじゃ目立つだろうし、ハンカチで抑えてって下さい」
「え、いや、汚しちゃうし、大丈夫です‥‥」
「お気になさらず」

気にするよ‥‥と思いながら再びどうしたものかと困っていると、「じゃあこうしましょう。もしまたこの近くに来る事があったら、何かのついでにらハンカチ返しに来て下さい。あと差し入れにたい焼きでも買って来て下さい。3人分」と言って胸元のポケットから名刺を取り出してわたしの手に乗せた。名刺を見たわたしが何かを言う前に、「それじゃあお大事に」と言ってどこかへ行ってしまった。‥‥‥‥霊とか相談所‥‥?なにこれ胡散臭い‥‥しかも3人って、こんな所で働いてる人がこの人の他に2人いるの‥‥?世も末だな‥‥今さっき盛大に転んだ私が言えたことじゃないけど。



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