同い年の××ちゃんとはたまたま小、中学校が同じで、小学校4年生から中学校3年間ずっと同じクラスで、席替えの度になぜか席が3つ以上離れた事がなくて、なぜか微妙にいつも距離が近かった。だけど特別仲が良い訳じゃないからロクに会話はしたことがなかった。でもまあ何となく、このまま同じ高校に通って同じクラスになって、視界の端にこの子が入る席に僕が座っているんだろうな、とぼんやり思っていた中3の冬。しかし予想は大きく外れ、中学を卒業すると同時に××ちゃんは引っ越した。それも新幹線で2時間かかるような離れた場所。当然学校も別になる。卒業と同じタイミングだったから、卒業パーティーとその子のお別れ会がごっちゃになって、なんだかんだで最後まできちんと話す事はないままその子は引っ越して行ってしまった。最後に交わした言葉は確か「向こうでも頑張ってね」とかだった気がする。いや、「そういえばずっと同じクラスだったよね」だったか。それすらも今となっては曖昧になっている。あの子の顔もハッキリとは思い出せない。かと言って卒業アルバムを開いて確認する程でもない。でもなんとなく、ずっと頭の片隅にはいた。誰かに話す事もなければ詳しく思い出そうとすることも無い、僕と××ちゃんの曖昧な距離感は思い出になっても変わらないままだった。まあ思い出という程の関わりもなかったんだけど。そんなこんなで大学生3年生になった僕は、アルバイトと学校の往復と、たまに彼女が出来たり別れたりを繰り返すという、まあ普通の大学生みたいな暮らしをしていた。その日もバイトが終わって賃貸アパートのポストを覗くと、かつて通っていた中学校の同窓会案内の手紙が来ていた。土曜日だった。この日はバイトもないし、行ってみるか、と軽い気持ちで参加を決めた。

当日になって集合場所の居酒屋へ行ってみると、当たり前だけれどみんな僕と同い歳くらいになっていた。正直誰が誰だかよく分からない。「久しぶり、元気だった?」と手当り次第に挨拶を交わし、適当に座る。なんとなく斜め前に視線を向けると、デジャヴを感じた。あれ、誰だっけこの女の子と思っていたら、向こうも僕の方を見ていた。「‥‥あ、花沢くん?」と言われて「‥‥あ、○○さん?」と自然に名前が出てきた。数年越しに会うそんなに親しくもなかった女のコに××ちゃん、と名前で返すのもどうなのかと思ったので名字。曖昧な記憶の中の曖昧なあの子が、大人になって斜め前の席にいた。凄いな、数年越しだっていうのにまた近くの席になったよ。

「あれ、引っ越したんじゃ」と言いかけると、「大学でまたこっちに戻ってきたんだよ」との事だった。3年間も近くにいたのか、変な気分だ。「そっちに座っていい?」と言いながら、何となく彼女の隣に座った。
昔はロクに会話もした事がなかったけれど、ちゃんと話してみると案外話題はあるものだった。「髪伸びたね」とか「進路どうするの?」とか「一人暮らし?」とか当たり障りもない事から、中学生の頃の昔話もした。

「私たち、結構長いこと同じクラスだったの覚えてる?」
「うん、覚えてるよ。席も近かったよね。でも全然話したことなかった、不思議だな」
「だって花沢くんモテモテだったし、近寄りづらかったもん」
「そう?」
「そうだよ、自覚ないの?」
「‥‥無かったかな」
「そういえば、誰かと付き合ってるっていう噂もなかったよね。結局どうだったの?」
「誰とも付き合ってなかったよ」
「そうなの?好きな子とかいなかったの?」

驚くほど今更○○さんが結構ハッキリ物を言うタイプだと言う事を知った。好きな子‥‥そういえばどうだったっけ‥‥。考え込んでしまったため暫しの沈黙があり、何か喋らなくてはと思った僕は、全くそんな事を言うつもりはなかったのに「そういえば僕、○○さんが引っ越してから何となくずっと○○さんの事が頭にあってさ」と数年間自分の頭の中だけにあった事を、当本人に告げていた。お酒のせいだろうか。ペラペラと言葉が出てくる。「いや、特別連絡を取りたいとか、会って話したいとか思ってた訳じゃないんだけどさ。なんか曖昧に覚えてたけど、完全に忘れることが無かったっていうか。数年間ずっと同じクラスで近くの席にいたからな。‥‥はは、何言ってるんだろうね僕」本当に何を言っているんだ。気を紛らわす為にグラスのお酒を1口飲んだ。


「あ、花沢くん、わたしのこと好きだったりして。うそうそ、多分視界の端っこに映る幽霊みたいな感じだったから覚えてたんじゃないかな、アハハ。それより今の彼女の話とか聞かせてよ。イケメンってどんな子と付き合うの?」


今彼女はいないよ、一週間前に別れたからね。大体イケメンって、そんなに煽てても何も出ないよ。○○さんは彼氏とか、どうなの?そういえば学級委員だったアイツ、できちゃった婚するんだってさ。
こんなふうな事を言おうと思っていた。


「あ、そうか。もしかしたら、僕は○○さんが好きなのかも知れない」
「え?」


全然思っていた事と違う言葉が出てきた。
おかしいな。


「無意識にキミを視界に入れていて、5年以上も経つっていうのにずっとキミの事を覚えていた。いつ忘れてもおかしくないのに。今日ここに来てみて気付いたけど、他のクラスメートなんてロクに覚えてなかったのに。○○さんのことは覚えていた」

僕は○○さんの目をじっと見据えた。僕の視線の先にある黒目は動揺するようにあっちこっちに動いていた。「花沢くん‥‥飲み過ぎてない‥‥?」という小さな声が聞こえる。違うよ、でも、そうだ、多分、そうだ。これはきっと間違いないんだ。

「僕はキミが好きだ、きっと」


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