夏も終わりに近づいている九月は日が落ちるのも早い。さっきまで明るかったのに、タイムスリップしたみたいに暗い。芹沢克也クンは暗くて狭い所が落ち着くらしいので「散歩いこ、散歩」と夜の散歩に誘った。近くに海でもあれば良いんだけど生憎都会にはコンクリートの海しかないので公園に行くことにした。湿気と風のない蒸し暑さが鬱陶しい、こんな日はビールが飲みたい。いま、財布にいくら入ってたっけ?‥‥1000円はあった気がする。たぶん大丈夫、コンビニに入って缶ビールを二本買った。あとレジの近くにあったチョコも買った。店を出る。「チョコ食うの?ビールならポテチが良かった」と芹沢克也クンはちょっと不満そうだったけれど「わたしの財布で買ったんだけど」と言ったら黙った。


公園のベンチに座って缶ビールのプルタブを開ける。こぢんまりとした公園を選んだからか私たち以外に人はいなかった。まるで世界に私たちだけみたいだね、みたいな台詞が一瞬頭を過ぎるけど私も芹沢克也クンも「何言ってんの?1分でも歩いてみなよ、絶対人にぶつかるから」って面と向かって言うタイプだから前者の台詞が言葉になる事は多分この先ない。横でビールを飲む芹沢克也クンは「なんで散歩なの?」と今更聞いてきた。何でだっけ。結構考えた挙句「別に何となく」というクソほどつまらない返事をした。つまらなさすぎる上になんか私が照れてるみたいな答え方になってしまったのが悔やまれる。何となくケータイを見ると直前に見ていたウィキペディアのページが出てきた。

クロノスタシス(英:Chronostasis)は、サッカードと呼ばれる速い眼球運動の直後に目にした最初の映像が、長く続いて見えるという錯覚である。眼球がサッカード運動をするとき、時間の認識は僅かに後に伸びる[2]。そして観察者の脳は、実際よりもわずかに長い間時計を見ていたと認識し、秒針が1秒間以上固まっていたという〜‥‥以下略。
意味わかんね。


「クロノスタシスって知ってる?」
「知らない」
「時計の針が止まって見える現象だよ」
「電池止まってんじゃない」
「違うよ、錯覚なんだって。1秒が1秒以上に感じるの」
「超能力?」
「違うって」

公園の時計を指差して「よく分かんないんだけどあの秒針が止まればクロノスタシスなの?」と言う芹沢克也クンは身体は大人、頭脳は子供、その名は芹沢克也って感じだった。自分から切り出した話題だというのに面倒くさくなって来て「うん」と言ったら本当に公園の時計の秒針が止まった。横では芹沢克也クンが空になった缶ビールをべコンと握りつぶして「クロノスタシス」と言った。

「芹沢克也クン、それ時間は止められたりしないの?」
「そんな事できたら俺はもっと別の人生を歩んでるよ」
「だよね」
「チョコちょうだい」
「いいよ。ねぇこのウィキ見て、意味分かる?」
「全然。何の話してんのこいつ」
「時計の針が止まって見える現象の事らしいよ」



ALICE+