デパートの白いタイルの床とか3歩歩けば鏡に自分の姿が映る服屋とか駅前の喫煙所に入る時に一斉に向けられる視線とか、そういうものにまだ慣れない。霊幻さんや影山くんと歩いている時は全然気にならないのに、1人で出歩いた途端に肩幅を縮めて足元を見て悪い事をしたみたいにコソコソ歩いている。こんな時、俺は社会に一生適応できないんじゃないかという不安が頭を過ぎる。不安っていうか、人生の半分以上適応できないままで過ごしていたんだからもしかしたらそうなるかもしれない≠ナはなくて再びそうなるかもしれない≠ニいう見解になる。汗が止まらない。


「霊幻さん。俺、1人で外歩いてるとたまに死ぬ程不安になる事があるんです」
「芹沢、それは人間誰しも通る道だ。普通の奴は中学、高校生の頃に通過して来るけど、お前は人より社会経験が少ないから今ちょうどそのタイミングが来てるだけなんだよ。だからあんま気にすんな」


夜、ネットで調べたらそういうモヤモヤした気持ちを総称して思春期と呼ぶらしい。思春期って、もっと甘酸っぱい時期の事だと思っていた。世の中の人間は凄いな、こんな気持ちを乗り越えて生きているのか。ていうかアラサー迎えてる俺が自称思春期って、ないだろ。


「生まれ変わったらなるべく人に害を与えない空気の様な、でも空気ほど生きる上で必要じゃないものになりたい」

灰色の空を見上げてそんな事を言った。横にいた××は俺から少し離れた。

「せっかく空見てたんだから、雲になりたいとか言いなよ。そっちの方がコメントのしようがある」
「雲はちょっと荷が重い。雨とか降らさなきゃいけないし」
「芹沢くんは死んでも生まれ変わらない方がいいよ」
「そうする。神社とかで祈願すればいいのかな」
「分かんないけど。神様もそんな事祈られても困るんじゃない」

この鉛みたいな雲が晴れてその隙間から青空と晴れ間が差し込んだら俺の気持ちはもっと晴れやかになるのだろうか。霊幻さんは気持ちの問題だと言ったけれど、それにしても相変わらず人ごみに行けば吐き気はするし電車に乗れば眩暈もする。夜は漠然とした不安で眠れない。


「××、俺どっかおかしいのかな」
「そう言ってられる内は大丈夫だって、テレビかネットで見た」
「情報源がアバウト過ぎる」
「今のご時世そんなもんだよ。ちなみにそのアバウトな情報源曰く、明後日は晴れるって」
「明日は?」
「雨だって」


この空が晴れたら、明後日にはきっと眩暈も吐き気も不眠も今日よりはマシになっていて、俺は肩を張って前を見て人混みを歩ける。そんな未来が待っている。‥‥‥‥‥‥訳ないか、まあそんな都合良くないよな。公園のベンチから立ち上がったら、尻の部分が湿っていた。××には「粗相したアラサー」と言われた。



ALICE+