近所のコンビニへ行った帰り道で生まれて初めて異性からキスをされた。いや、同性からされた事もないけど。初キスの味はレモンとかカルピスとか諸説あるけれど、味を確認する前に唇は離れた。そもそも味の事を考える余裕もなかった。0.5秒の硬直時間を置いた後、俺はまず周りの人目を確認した。情けない話、最初に思った事は「誰かに見られていたらどうしよう」だった。ついこの間まで引きこもりだった俺に外で堂々とキスをする度胸はない。心情的には羞恥心が大半を占めていた。幸いと言うのか分からないけれど辺りに人の姿はなく、やっと口から出た言葉は「え、な、なにしてんの?間違えちゃったの?」という死ぬ程稚拙なものだった。いや、間違えたってなんだよ、間違えてキスって。俺の言葉選びが一番間違ってるよ。でも何かを間違えたとしか思えない。なんでこのタイミングでここのコンビニ来ちゃったんだろう。申し訳なくなって来て、そもそも肉まん買いに行こうなんて思わなきゃ良かったという後悔の念が湧いてくる。恐る恐る××ちゃんの顔を見ると真顔なのか微妙に笑っているのか、よく分からない表情をしていた。
「嫌だった?」
急にキスされた上に急にそんな事を言われても、この俺から気が利いた言葉が出て来るわけがない。こういう時社会人として正しい行動とは一体。霊幻さんなら、どうするんだろう。「あ、え、いや、」と言ったきり黙ったまま突っ立っていると抱き締められた。抱き着かれたという表現の方が合っているかも知れない。××ちゃんの頭頂部がすぐ眼下にある。俺とは全然髪の太さが違う。俺は対処が困難な事が起こると、どんどん関係ない事を考え始める癖があるのかも知れない。
「え、あの、なんか嫌なことでもあったの?」
「ないよ」
「あ、俺、金はないけど」
「知ってるよ」
「‥‥え、じゃあ‥‥なに‥‥?」

あ、借金の連帯保証人とかか?

「したかったから」
「何を?」
「キスを」
「俺に?」
「そう」

そう言い切ると××ちゃんは俺の頬に手を当てて何度か摩った。髭が少し伸びていたからきっと痛かったと思う。俺の中では「好きです」とか好意を伝えられたもしくは伝えた後にそういう行為があるっていう固定観念しかなかったから、××ちゃんの行動はよく分からなかった。分からなかったけれど××ちゃんは特にそれ以上何か説明してくれる事もなく「お疲れ様」と言って帰ってしまったので何もかも分からないまま俺の初体験(キス)は終わった。‥‥‥‥‥‥あ、俺肉まん買ったんだった‥‥缶コーヒーも‥‥みんなの分、冷めちゃったかな‥‥霊幻さん、何も言わないで出て行っちゃったけど煙草かな‥‥事務所に影山くんだけ残して来ちゃったけど、大丈夫かな‥‥‥‥‥‥。

「‥‥‥‥‥‥あれ?そういえば××ちゃんって、霊幻さんと付き合ってるんじゃなかったっけ」

相談できるような友達は、俺にはいなかった。


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