「見て、凄い空」
目線の先には世界の終わりみたいな色をした夕焼けが広がっていた。オレンジとかじゃなくて、どっちかと言えば赤紫。時計がないとこれが夜明けなのか夕暮れなのか分からなくて、今自分がいる場所がどこなのかも分からなくなりそうだ。空の色ひとつでこんなにも固定観念が揺らぐとは。洗脳とかも、きっと自分が思っているよりあっさりと人を変えてしまうのかも知れない。世の中怖いな。

「空よりお前の方が綺麗だよ」
「あの空綺麗なの?」
「‥‥そうでもないな」
「じゃあわたしは綺麗なの?」
「‥‥そうでもないな」
「なんで適当な事言ったの?」
「昨日見たドラマ思い出した」

久しぶりにドラマを見て泣いた。別にストーリーが物凄く良かったとか原作を死ぬ程読み込んだとか監督の大ファンとかそういう事は何一つなく、たまたま見たドラマの登場人物の勢いに乗せられてもらい泣きみたいな感じだった。俳優ってスゲェな。俺の人生はドラマティックとは程遠いし今後近付く予定も無いのだから共感すべき点なんて何一つない、でももしかしたらと思いながら自分を重ねてみた。結果は‥‥‥‥まあ違和感しかなかった。涙も引っ込んで、アイデンティティが崩壊しそうになってテレビを消して寝た。

「今、こうやってお前と2人で夕焼け見てるのってドラマティックだと思う?」
「いや‥‥そんなに‥‥ここ駅前だし、他に死ぬ程人いるし‥‥」
「お前にはロマンがない」
「いい歳して何言ってんの、そろそろいい加減にしなよ。お母さん心配してんでしょ」
「うるせェーよ、お前もいい歳だよババァ」
「あと最近加齢臭みたいなのするし、煙草の匂いと相まって凄い臭いから。ファブリーズしときなよジジィ」
「は!?加齢臭なんてするワケねーだろ‥‥」
「自分の匂い嗅ごうとしないでよ‥‥みっともない‥‥モブくんも口には出さないだけで絶対思ってるから」
「芹沢じゃねーの?」
「芹沢さんはそんな臭しない。接客業初めてだから人一倍気を遣ってるみたいだし、あなたとは違うんです」

1週間のスケジュールを追う内に1ヶ月が経っていて、1ヶ月の振り返りをしている内に半年が経っていて、今年も折り返し地点かなんてしみじみしている内に1年が終わっている。こんな事の繰り返しで俺はどんどん歳を取って行ってそのままポックリ死ぬんだろうなと最近よく思う。小さい頃、こういう事言ってるオヤジをたくさん見てきたけれど今まさに自分がそのオヤジになろうとしている。どうしてこうなった。俺の予定では小綺麗な嫁を貰って一軒家のローン組んで、日曜大工で犬小屋作って犬を飼って、子供は女の子が1人。9時出社5時退社の企業に勤めて毎日ハッピーに暮らす、そんな未来が待っているはずだった、のに。

「なあ、俺達はいつから夢というものを失ってしまったんだろう」
「達?一緒にしないでくれる?」
「えっ、お前夢あるの?」
「あるよ」
「なに」
「お嫁さん」
「ッ、えっ‥‥ん、ごホッ」
「ぶっ殺す」
「叶うといいなあ」
「棒読みだから殺す」
「ちなみに誰のお嫁さん?他の誰でもいいけど、俺であって欲しくはない」
「あんたではない事だけは確か」
「お前、男を見る目がないな」
「あんたも女を見る目はないね」



ALICE+