「実はわたしの口の中には宝石がある」何を言っているんだ、漫画やアニメの見過ぎでついにその辺の区別が付かなくなったのか。
「俺が言うのもなんだけど、きみもう少し外に出た方がいいんじゃないかな。ほら、外界との関わりがなくなると、妄想癖とか激しくなるって言うし」
「失礼だ、失礼だよ。芹沢くん、バイトとかしたことあるの?わたしより社会経験あるの?どの口がそんなこと言うの?引きこもりだったくせに」

×× は今しがたゲロを吐いたばかりの口から、今度は身も蓋もない言葉を吐き出して俺を批判をした。だいたい本当に宝石があったとしても、××の口の中でゲロにまみれた宝石なんて俺は触りたくない。霊幻さんならためらわず手を突っ込んで綺麗に洗って売りさばくだろうか。

「手に吐きダコ作ってる奴も、大まかに分けたら引きこもりと同類になると思う」
「大雑把な男はモテない」
「細かい男もモテないって聞いたけど」
「人の揚げ足を取る男もモテない。芹沢克也はモテない」

そこまで言い切ると、おえぇ〜と女の口から出たとは思えない音をあげて××は再びトイレに胃液をブチまけた。昼間、××が俺の向かいで食べていたミートソースが××の体内でクラッシュされてトイレに浮いている。トマトの赤色が鮮やかに際立っていたので「便器に赤色が浮いてるとギョッとする」と言うと「女は月経の度に毎回これの10倍くらい便器が赤くなるよ」と咳き込みながら返された。想像してちょっと怖くなったのでやめた。

「××の口に宝石があるなら、毎回ゲロやら胃液やらぶっかけられて可哀想だ」
「見てみる?」
「遠慮しておく」
「ほら」

聞こえていないはずはないのだけれど、××は口を開けて俺の方へ舌を突き出して見せた。舌には吐瀉物の色が染み付いていて「うわっ…」と声が漏れる。しかしよく見ると、その中で何かキラキラしているものが見えた。


「…ピアスじゃん」
「宝石とか信じた?バカじゃないの」
「信じてないけど、人に嘘つくとか最悪だな」
「わたしじゃないよ、この宝石が嘘ついたんだよ」
「最悪だな」
「宝石が?」
「宝石も××も。ていうか宝石じゃないし」
「ねえ、これ売って大金せしめたらさ、旅行いこう。北の方。北海道がいい」
「俺、飛行機乗った事ないから怖いんだけど。超能力で浮かせちゃうかも」
「そしたら船で行こう」


ていうかそれ宝石じゃないし。何回言わせるんだよ。宝石だったとしても、××のゲロまみれの宝石売った金で旅行したくないし。大と書かれている方のトイレのレバーを3回程押して、便器のゲロを流しきった。さっきまでのグロテスクな模様が嘘だったみたいに、便器は透明な水で満たされている。××が洗面所で手と口と顔を洗っている。振り返り「触ってみてもいいよ」と綺麗になった舌を突き出されたので、舌の中央で光る粒を指で押してみると、金属の硬さと舌の湿った柔らかい感触がした。何となく気持ちよくて、そのまま舌先を指でつまんだりした。

「いまわたしの事、ちょっと可愛いと思ったでしょ」
「いや、全然。ゲロの女って感じ」
「失礼だ、失礼だよ芹沢くん」



(わたしの舌には宝石がある)




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