一月、伸びしろしかない。


「結局、初詣って正月に行かなくてもその年で一番最初に行ったお参りを初詣っていうらしいよ」
「へえ」
「だから、別に元旦に行く必要はないよ秋紀くん」
「まあいいだろ。三が日特に家でやることもねえし」

まだ薄暗い早朝の住宅街を、二人で話しながら歩く。口を開くたびに白い息が空中に吐き出されて消える。鼻先は一等冷え、首にこれでもかと巻き付けたマフラーを引っ張って埋めた。
住んでいるマンションから一キロほど離れた少し大きい神社に朝一番で行こうと、年明け早々の深夜テンションで決めてしまった自分を些か恨んだ。「おい、昨日約束したろ」とろくに寝ていない状態で恋人に布団を引っ剥がされ、寝ぼけ眼でずるずると這い出さざるを得ない状況になってしまった。

「さむい……せめて昼間にすればよかった……」
「昼間でもそんな変わんねえから」

私の恋人――秋紀くんは手を貸すように促すと、大きい右手で私の左手を握り自分のダウンジャケットのポケットに突っ込んだ。カイロが入っているのか、じわりと温もりが伝わってくる。
冷え性の私からすれば人の手は誰だって温かいけれど、代謝がいいのか秋紀くんの手はひと際温かい気がする。

「今年もなんかぬるっと始まっちゃったなあ」
「ぬるっとって何だよ」
「年越しってすごいイベント感あるけどさ、年が変わったからって急に何か変わるわけじゃないじゃん?」
「まあ、三六五日あるうちの一日でしかないといえばそうだけどさ、二〇二三年が始まりました!って節目の日なんだからもうちょっと喜べって」
「えー?」
「“秋紀くんと今年も過ごせて嬉しいっ!”って言ってくれ」

秋紀くんはかさついた裏声で私の声真似をした。

「……」

反応に困って、〇.五秒の熟考の末私はあえてスルーすることにした。
いくらか沈黙が続いて、彼はバツが悪そうに私の顔を覗き込む。

「……お前の真似、似てなかった?」
「秋紀くんから見て私ってそんな感じだったんだって思って……」
「なんか悪いな……」

私たちは道すがら、休み明けのことを話した。営業の秋紀くんは担当の病院へ新年の挨拶回りに行かなければならないのでで来週いっぱいは出ずっぱりらしい。私も四半期決算のことがあるからしばらくは忙しくなる。帰りは当然二人とも遅くなるだろう。

「まあ、秋紀くんが忙しいのは年末年始に始まったことじゃないし」
「なんで三が日しか休みないんだようちの会社はさあ!」
「今年は曜日の巡りもよくなかったね。まあ来週三連休だけど」

そうこう歩いているうちに、神社の鳥居が道の向こうに見えてきた。皆考えることは同じだろうか、石畳でできた境内の参道は人でごった返している。

「おー……やっぱここいらで一番デカいとこだから混んでるなー」

はぐれるなよ、と言わんばかりに握られた手に力が込められる。それがなんだか心強くて、私も同じように握り返した。
人ごみの隙間を縫って、拝殿に参拝する列の最後尾を探して並ぶ。
列がじりじりと進む最中、私はふと疑問を口にした。

「神社のお参りって何回お辞儀するんだっけ」
「え? 二回拍手して合掌するんじゃなかったか?」

秋紀くんも普段から神社には行かないからか、首を傾げている。

「いや、絶対お辞儀あった!」
「そうだっけ?」

ああでもないこうでもないと言っているうちに順番が近づいてきていた。ええいままよ、と五円玉を握りしめ勢いで賽銭箱の前に立つ……と、脇に置かれた看板が目に入る。「参拝の作法」。
「あ、秋紀くん!お辞儀!二回お辞儀して!」

今年一(始まったばかりだが)のスピードで看板を読みながらすかさず隣の彼の脇腹を小突く。

「え!?こ、こうか……?」

二人してロボットみたいなぎくしゃくした動きで頭を下げる。なんとも滑稽な光景だ。礼儀がなっていないと神様に怒られるかもしれない。けれどやらないよりはいいだろう。
二回拍手して、手を合わせる。
今年も一年、いい年になりますように。

「おみくじ引こう、おみくじ」
「お、いいね。大吉引いても怒るなよ」

参拝を終えて、今度は社務所の横にあるおみくじの置かれた一角に向かった。神社の醍醐味って半分くらいこれじゃないかな、なんて話をすればまあ行ったら大体引くよな、と秋紀くんも頷いた。現におみくじの周りは特に人だかりの多い様子だった。
備え付けの料金箱に百円を一枚ずつ入れて、小さな巻紙のような紙片を二つ取り出す。

「秋紀くん先開けてみて」
「おう」
するすると紙を広げると、結果は……凶。

「えー、なんか幸先悪いね」
「もうちょっとオブラートに包めよ!」

お前も開けろ!と促されて、私も破けないように慎重におみくじを開く。

――大凶。

不吉な文字面を見て、嫌な静けさが二人の間に漂った。凍えるような風が吹きつけ、おみくじの紙片がはためく。
「失せ物、出ず……転居、控えよ……恋愛、発展なし……」
文面を読み上げた私が存外のショックを受けていることに気が付いた秋紀くんは、慌てて口を開いた。

「……まあ、その、なんだ。凶とか大凶ってこれ以上運勢が悪くはならないって意味だからな! 俺たちには今年一年伸びしろしかねえってことだから!」
「……伸びしろ、ある?」
「ある! 多分! めちゃくちゃある!」

彼なりの精一杯のフォローに、ちょっと沈んでいた気分も浮かばれるような気がして、私は思わず吹き出した。
「秋紀くんのそういうとこ、好きだよ」



「気を取り直してさ、帰ってお雑煮食べよ?」
「そうだなー。ってか参拝の時神様に何お願いした?」
「今年も二人で楽しく過ごせますようにって。……秋紀くんは?」
私が訊けば、秋紀くんは思い出すように指折り数えながら自らの願い事を口にした。
「俺?えーっと……昇進しますように、突然買ってもない宝くじが当たりますように、祝日が急に年間五十日くらいに増えますように、なんかあらゆる出来事が全部いい感じにうまくいきますように……」
「ぼ、煩悩まみれすぎる……!道理でなんか祈る時間長いと思った……」




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