二月、彼のみぞ知るビター


毎年、この時期になると秋紀くんがソワソワと落ち着きがなくなる。彼から直接尋ねられるわけではないが、何となく察しがつく。

……大方、来週に迫ったバレンタインデーだろう。
毎年デパートの催事で売られている海外パティスリーのチョコレートを買って渡すことにしているのだが――私は手作り菓子にあまり心得がないためであるーー彼は受け取ると少々オーバーリアクションではないかと思うほどには狂喜乱舞の喜びようを見せた。マジでありがとう本当にうれしい、と目じりに涙を浮かべ私にあらん限りの感謝の言葉を述べる。こんなやりとりがかれこれ五回は続いている。

誕生日のお祝いもここまで大げさな反応をするわけではないので、こちらからすればやや不審さすら感じさせる挙動である。
そんなリビングでの落ち着きのない姿を横目にデパートで配られているバレンタインの催事のカタログを流し読みするのにすっかり慣れてしまった。
あ、今年はリヨンソーも出店してる。会場限定は——ハバネロ入りチョコレートかあ……。ロシアンルーレットとかやったら可哀想だし今回はパスだな……。

「それ、今年のやつ?」
「うん。秋紀くんなんか食べたいのある?」

ソファ越しに覗き込んできた彼に、カタログを渡す。秋紀くんはパラパラとめくって見ていたがそれを閉じると、やがて意を決したように口を開いた。

「毎年既製品だけど、作るのってやっぱり……その……めんどくさいのか」
「え?」

予想の範囲外から飛んできた質問に面食らう。しかしあまりに秋紀くんが真剣な顔つきなので、私は何と答えるべきか分からずに口を噤んだ。まさかそんなところを気にしていたとは。毎回の狂喜乱舞具合を見ていればてっきり満足しているものだと思っていたのに。

「ああいや、責めてるわけじゃねえんだけど……」

困惑している私の顔を見て、秋紀くんは慌ててそう弁明した。

「手作りの方がいいの?」
「まあ、毎年もらえるだけで嬉しいけど。なんか手作りってやっぱり特別感あるだろ?」
「そうかもしれないけど。……なんか理由とかあるの?」

私が尋ねれば、彼はしばしの間考え込んでいたようだったが、
十年経ったしもう時効だから話すか。
秋紀くんは私の隣に腰掛けると、ポツポツと話し始めた。

「高校三年生のバレンタインデーの時のことなんだけど。高校最後のバレンタインデーってこともあって結構俺ら男はラストチャンスってことでみんな期待してたんだよな。もう卒業まで三週間ちょいだし、ワンチャンあるかもってさ。俺も今までそういうのなかったからみんなの前ではめちゃくちゃスカしてたけど、内心ドキドキだったわけ。

んで、いざ当日。他クラスからは朝から二、三組カップルが成立したとかなんとか聞こえてきて、もう男どもは目が血走ってたんだよな。多分俺もそうだった。多分な。

でも俺の手元には義理チョコみたいなクラス全員に配ってるようなちょっとした個包装のお菓子ぐらいしかなくて。今年もミラクルなんて起こんないかあ、とか思ってたわけだけど。
そしたらさ、昼休みにクラスの女子からこっそり呼び出されたんだよ。春高の決勝より緊張したかもしれねえ。……ちょっと言いすぎたか? でも予想外すぎて手汗はすげえかいてたし、心臓はもうバクバク。俺にもついにキタ!来た見た勝った!って感じで。ついてきてって言われて人目のつかない階段の踊り場のとこまでついてったらさ、

“これ、同じバレー部の◯◯くんに渡してほしいの!”

って紙袋に入った何かを俺に渡してきて。紙袋の中は綺麗にラッピングされたブラウニーと、手紙が入ってた。なんで自分で渡さないか聞いたら恥ずかしくてとても渡せそうにないから、同じバレー部で頼みやすそうな俺に頼んだって言われた。

流石に頼む以上は何もなしだと悪いと気を遣われたんだろうな。その子は俺にもくれたんだ、チロルチョコの詰め合わせみたいなやつ。
そりゃ同じ手作り渡したら俺も本命みたいになっちゃうしな。差は当然つく。
でも俺はついでかよ、みたいなさ……。

それ以来どうも俺の中で本命は手作りって固定概念みてえなのがあるんだよなあ」

秋紀くんは話し終えると、やっぱり悪いから聞かなかったことにしてくれ、仕事忙しいだろうし、とバツが悪そうに頬を掻いた。

「……え、それで渡されたやつはどうしたの?」
「普通にそいつには渡したよ」
「渡したの!?」
「え? 渡さない方が良かったのか?」
「なんかそこでちゃんと渡すのが秋紀くんらしいというか……」

もはやドン引き以外の何者でもない感情しか抱かない私に対して、彼はまあな、と複雑そうな表情を浮かべた。

「俺はめちゃくちゃショックだけど、そいつらの関係性を俺の気持ち一つでぶち壊すのってなんか人としてどうかなって思ってさ」
「理屈としてはそれが正解だけどさ……よく耐えたね……」

私はカタログをローテーブルに置いて、彼の方を向き直った。そこまで言われたら、今年はやるしかあるまい。

「じゃあ今年は頑張りますか!……あんまりクオリティには期待しないでね?」

私が釘を刺すと、対照的に秋紀くんは少しほっとしたように安堵の笑みを浮かべた。

「お前が作ったものはなんであれ嬉しいんだから大丈夫だって」

その後、私が不器用そのものの線で書いたメッセージのアイシングクッキーを渡したところ、これって食べてもいいのか? もったいなくないか? 飾っといた方がよくないか?と違うベクトルの心配をしていたが、去年以上の喜びようだった。

……私は来年までにもう少し修行しよう。




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