花宮真は人格者である。
頭も性格も良いともっぱらの評判だ。

「花宮くん、少しいいかな?」

確かあの子は隣のクラスの女の子。
胸の前で細い指をもじもじさせてる姿は女の私から見ても可愛らしい。
花宮は、百点の微笑で後をついていく。
出る寸前に私のスマホがメールの受信を知らせる。
内容は「社会準備室」とだけ。

「ホント、いい趣味してるよ」



社会準備室は準備室とは名前だけでほぼ倉庫と化している。
鍵はかかっていない。
資料なども置かれているため最終下校時刻までは解放されているのだ。

申し訳程度にスペースが確保されている窓際から下を見下ろすと、花宮と隣のクラスの子。

「ずっと前から好きです! 付き合ってください!」

窓越しでも女の子の声が聞こえた。
せっかく人気の少ない校舎裏に呼んだのに2階のここまで聞こえる大声を出すなんて、少し頭が弱いのかもしれない。
勇気をふりしぼった告白も私に見られてかわいそうだ。

「……」

花宮の声は聞こえない。
あまり声をはるタイプでもないし、言うことは大体予想できる。

「今は、部活に集中したいんだ。ごめんね」

と、言ったところだろう。
花宮が主将と監督を兼任しているのは同学年にも知れ渡っている。
だからこそ、こんな簡単な言葉で皆引き下がるのだ。

これ以上、彼に負担をかけてはいけない。

恋する乙女だというのに皆、物分かりのよいイイ子ちゃんだ。
一人くらいストーカーとか出たらおもしろいのに。
満たされている人間というのは、1つ手に入らなくても平気なんだろう。
他のもので満たせばいい。

そんなことを考えていたら窓の外には花宮しかいなかった。
彼はこちらを見上げると意地の悪そうな笑みを私にむけてきた。



「見てたのかよ。趣味わりぃな」
「場所を教えてくれたのは花宮じゃない」
「そうだったか?」

社会準備室で花宮と合流し、なんとなく会話がはじまる。

「花宮くんはおモテになるんですねぇ」
「雑魚ばっかりたからリリースしてんだ。釣り人の鏡だろう?」
「サイテー」
「のぞいてたお前も共犯だ」
「……なんで、そんなことするの?」

花宮は告白現場を必ず私にのぞかせる。
素直にのぞく私もどうかしてるが、のぞかせる花宮もどうかしている。

「自分で考えろ、バァカ」
「……嫌がらせ?」
「モテないお前に?」
「うるさい」
「教えてほしいか?」

花宮を見れば私を見つめていた。
蕩けるような優等生スマイルで私の頬を撫でる。

「名字名前が好きだから」
「……は?」
「名字が俺の告白現場を見て感情がグチャグチャになった顔が好きだからだよ」
「なに、言って……」
「彼女たちの自分の求める返事がくるという自信に対する劣等感、それが崩れた時の高揚感、そんな自分への嫌悪感、満たされている彼女たちへの羨望そんなんがグチャグチャに混ざりあったお前の顔が好きだから」
「……」
「これ以上噛み砕けねぇぞ。まだ理解できないのか?」

花宮真は人格者である。

「できる。つまりは、私の顔が好きってことでしょう?」
「ンなわけねぇだろ、バァカ。全部ってことだよ」




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