『Howdy!名乗ろうと思ったけれど、名前が無かったや好きに呼んでおくれ』

なんだこの変なやつは。目覚めてまず思ったのはそれ。
真っ白であちこちから波紋が広がる変な空間に、ピンク色の変な生き物が浮かんでる。少し体を動かせば、ふわふわと宇宙飛行士のような気分。うん、夢だ。こんなことが出来るなんて夢だ。

『夢だって?違う違う、これは現実。realさ!』

なんでわざわざ英語に言い直したんだろう…というか喋ってないのに、心を読まれたの!?筒抜け!?うそ!?読心術ってやつ!?

『読心術というものではないけれど、筒抜けさ!だってボクは特別、specialなポケモンだからね!』
「は?私のプライバシーを返して」
『返すも何も取ってもないから返せないよ。ここがそういう空間なだけさ』
「ヤバすぎでしょなんなのここ!?」
『待合室みたいなものさ』

訳がわからん。私がそう言う前に、ピンクの生き物は小さな手をパンと鳴らしてくすりと笑った。ふわふわ浮かんでいる私の鼻に小さな指を突き刺して。

『さて、キミは選ばれた。キミはこれからどうしたい?』
「は?選ばれたって何に、ってどうしたいもこうしたいも無くない?帰りたいんだけど」

そうだ、私は仕事から家に帰る途中で、帰ったら秘蔵の芋焼酎を開ける予定だったのに。なのにどうしてこうなった!

『キミが疲労からか、階段で足を滑らせて死んでしまったからだよ』
「は?」

What?なんつった?このピンク。

「階段から…」
『落ちて死んだ。打ちどころが悪かったんだろうね。可哀想で間抜けなhumanだね』

所々に英語混ぜてくるのなんなんだこいつほんと。ていうか落ちて死んだって!

「いやいやいや!嘘でしょ!?いくら私が間抜けのポンコツでもそんな」
『humanはすぐに死んでしまうから、しょうがないよ。弱くてもろい生き物だ』
「は、いや、だっていま私生きて」
『今は魂だけの状態って感じさ、身体が軽いだろう?』

ふわふわしている。
身体がないから?そんな嘘みたいな話があるか?いや現実的じゃない。嘘だ。というかこんな変な生き物の言ってることが本当なんて言う保証がない。いきなり現れて変なことを言って、ありえない。嘘だ。

『別にどう思っても良いけれど、事実であることに変わりはないからね』

ピンク色の生き物の冷たい笑みに、全身が冷える。
一般的にかわいいと思われるであろうそれが、悪魔のように見えた。

「えっ、え?じゃあ私どうなるの…?」
『うーん普通なら輪廻を回っていくんだけど、少し退屈でね!かっさらってきちゃった!』
「はぁ!?」

きちゃった!じゃないよ!?かっさらってきたって何!?ふざけすぎじゃないかこのピンクの塊は!もー!なんなんだ!もう!もぉー!

『ふふふっキミのheartの中は忙しなくて楽しいねっ』
「わたしゃ全然たのしかないわ!」

いやもうぜんっぜん楽しくない!

『ん〜そうだな、じゃあこういうのはどうだい?』
「は?」
『僕の世界においで』
「はぁ?」

僕の世界ってどこの世界よ!?まさか黄泉!?地獄!?まままだ私は死んだなんて認めたくないぞ!ふわふわしてるのは夢だから、これは夢夢夢…ゆめ!起きたら忘れる夢なんだ!

『ふぅ、仕方のないhumanだなぁ……じゃあ本当に夢にしてあげよう。ここであったことは忘れさせてあげる。それが一つ目ね』

ピンクの小さな手が光り輪を作る。その輪が広がり私を包んだかと思えば、シャボン玉のようにはじけて消えた。

「今の、え?ひ、一つ目って…?」
『魂を掻っ攫ってくるのも楽じゃないし、ましてや他の世界に定着させようなんてspecialな僕でも難しいことだからね。キミに特典として僕のpowerを分け与えるのさ。ああ、先に説明してあげられなくてごめんね〜キミがあまりにも夢だと思いたいようだったから。……それに、記憶がない方が違和感なく世界に溶け込めるかもしれないしね』

にこにこと楽しそうに笑うピンク色に身の毛がよだつ。マジで何を言っているのか分からないんですが、魂の定着?得点?力?記憶がなくなる?

「いや、記憶がなくなるのどうなの??まずくない?!」
『そうかい?キミなら案外うまくやれるんじゃない?まぁ心配しなくても大丈夫さ、キミがキミだったことも忘れるから!』
「、……。?」

声が出なかった。ピンクの生き物の前でパクパクと魚のように口を開くことしか出来ない。私が私だったことも、?

『さて、あと二つくらいかな〜キミを掻っ攫ってきたのと、キミを向こうに送る分。そして記憶。あと二つは何がいい?聞いてあげる』

さあ、早く。なんてかわいらしい笑顔で催促される。訳が分からないまま話が進んで、心がどこかに置いてけぼりだ。焦る。ふわふわする、体も、思考も。え、とか、あ、とか言葉にならない声しか出なくて、どこで鳴っているのか心臓の音がうるさい。

「え、と……あ!…その!記憶って、今、その、元に…戻すとかはないの!?こう……相殺するような!」
『それは無理だね』
「うっ、っ…」

やっとの思いで思いついた策をあっさりと切り捨てられる。息が詰まるような感覚がするのに息苦しくなくて、胸にぽかんと穴が開いたような感じがする。

『早くしないとキミは中途半端なまま向こうに行ってしまうよ?』
「ちゅ、うと半端って……?」
『体がないまま向こうに行ってしまったり、体だけになってたり、まあ…たいていの場合は最後には魂ごと消えてしまうね!魂がなくなるから輪廻も巡れず転生もなし、キミがそこで終わるんだよ』
「終わる…」

転生もなしって、来世もないってこと?いや、これは今の記憶がなくなる状態とあまり変わらないんじゃないか?結局私が終わるか、私が私じゃなくなるかなんて、酷い二択だ。
考えろ。ちっぽけなたいしたこと考えてきてない脳みそで。
仮に、私が本当に死、んでいたとする。じゃあこれはチャンスだ。この恐ろしい生き物から与えられた唯一のチャンス。
まだ死にたくない。もう死んでいるのかもしれないけど、私は私のまま、まだ生きていたい。自分勝手な願いだと思う、でも、キミは死んだよ。なんて言われてハイそうですか。って受け入れられるわけがない。

「わ、私の記憶は戻ることはあるの?」
『んー……無いと言い切ることは僕には出来ないかな』
「じゃ、じゃあ――」






「と、いうのは……どう、でしょう…?」

『ふぅん、なかなか面白いことを言うなあ。ん〜〜そうだね…………出来なくはない。かな』
「ほんと!?」

つい喜んでしまった。正直、いい策とは思えなかった。断られればいいなとも思った。なんて自分勝手なやつなんだろうと自分に落胆した。

『でもいいのかい?この方法だと、キミが出来ることはないんじゃない?』
「うん、いや、問題はそこじゃないんだけど。ど!でも、でも…それ以外何も思いつかないし…あなたの許容範囲も狭すぎるし……」
『ま、それもそうだね!いくつ却下しただろう?』
「うっ!ていうか!時間は大丈夫なのこれ?!」

ふと思い出して慌てる。私が消える!いやだあ!

『ああ、そうだね。そろそろまずいかな。あと一つ、どうする?』
「あぁあ、あと一つ!つ、つ、ひとつ……うぅ〜〜!」

どうにかこうにか頭をひねるが、却下された策がぐるぐると頭の中を回り混乱してくる。どうしよう!何も思いつかない!きえ、きえてしまう!

『ん〜じゃあキミにサービスしてあげる』
「え、なに」

ピンク色が小さな指を私耳元に当てる。パチンと鳴らされた指からまた光の輪が出て消える。また勝手にやられた!

『ヒトならざるものの声を聞かせてあげる。あと、これはサービス』
「え、え?ひとならざる?サービス?」
『時間ぴったりだ!キミの器はできたしもう大丈夫だね!perfect!』
「いやなにも完璧じゃ、」
『それじゃあ行ってらっしゃい!Good trip!』

小さな両手を振りながら笑顔で見送られる。
ふわふわしていた身体に重力がかかり、下へと落ちていく。

「なるようになれ〜〜〜〜〜!!!!!!!」

遠ざかっていくピンク色に向かって叫び声を上げると、私の意識も暗闇へと落ちていった。


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