あまいリンゴタルトはお好きですか?
ぱっちりおめめを開いたら。
壁にいっぱい扉のお部屋。
ヘンテコ眼鏡がにこにこ笑い、ふわふわ尻尾が小さな扉に吸われていった。
ぱたんと閉まった扉をがちゃがちゃ。鍵がかかって開きません。
小さい扉の小さな鍵穴のぞいてみれば、ふわふわお耳がぴょこぴょこ揺れる。


「まぁ!たいへん!」

叫ぶ声に振り返り、辺りをキョロキョロ。
誰もいない。

「もしかして、もしかして!」

でもやっぱり声がする。

「ここよ!ここ!」

声と一緒にぽふんっと煙。
扉だらけのお部屋にティーテーブルがあらわれた!
きんぴかナイフとぎんぴかフォークに挟まれて、真っ白お皿に小さなタルト。
すんすん香りを嗅いでみて、リンゴのタルトだと手を打った。

「eat me!いえいえ!今はそうではなくて!」

タルトが喋った!
いえいえ、タルトではありません。
真っ赤に熟したリンゴじゃなくて、まだまだ緑のリンゴの帽子。
あみあみさくさく、パイのスカート広がって、ふわりと焼きたていい香り。
お上品にお辞儀をぺこり、リンゴの女性がお皿の上にこんにちは。
びっくり!小さなタルトが、リンゴのこびとさんになっちゃった!

「あなたアリスね!?」

リンゴのこびとさんが小さな体で大きく叫ぶ。
アリス?一体誰のことだろう?
思わず首を傾げれば、リンゴのこびとさんはぎりりと歯を鳴らす。

「"また"なのね!?」

ここにはいない、誰かに向けて、大きな声で不満をもらしたリンゴのこびとさんは、怒ったように小さな頬をぷくりと膨らませ、お皿をカツカツ演奏する。

「あぁ、ダメね。今はアレの事なんていいのよ」
「アレ?」
「あなたは気にしなくていいわアリス」

アリス。リンゴのこびとさんはまた、ワタシをアリスと呼んでいる。
いえいえワタシは――なのよ。どこかの誰かのお宅のアリスちゃんじゃあないんだから。
あら!うっかり!ワタシったらご挨拶がまだだったわ!

「自己紹介がまだでごめんなさい。リンゴのこびとさん、ワタシはアリスと言う名前ではないわ。ワタシは――」

スカートの裾をちょこんとつまみ、優雅に挨拶してみせた。

しかし、リンゴのこびとさんは首を振る。

「いいえいいえ、あなたはアリスよ」

ぱちくり瞬き、ひとつ、ふたつ。
真っ白なお皿にお顔を寄せて、焼きたての香りに包まれながら、リンゴのこびとさんをじとりと見つめた。

「なぜ、ワタシをアリスと呼ぶの?」
「だってあなたはアリスだもの。ここではそう、決まっているの」

リンゴのこびとさんは、決まっているのよと、もう一度小さな声で言った。
ふるふると頭をふったリンゴのこびとさんは、まっすぐワタシを見つめて、

「さあ、eat me!わたしを食べてアリス!」

えっ、という間に、リンゴのこびとさんはワタシのくちびるに手をぴとり。

「ガチンッ!」

甘いリンゴの香りが口いっぱいに広がって、ごくんと喉が体の中へそれを運んでいく。
真っ白なお皿をどろりと汚す。それは、リンゴの――


ガシャンッ!!
あまいお口を押さえたら、大きな大きなお皿が割れた。
キラキラ光るお皿のかけらに真っ青ワタシの顔が写ってる。

「さあ立ってアリス」

声と一緒に、つめたい何かが頬つつく。
めのまえがまっくらになったみたい。
そろりそろりと顔上げて、見えた顔は、

「リンゴのこびと。」

いいえいいえ、こびとなんかじゃあ、ありません。
あまーい香りで頭がぐらぐら揺れていて、どこからかべちゃりべちゃりと音がする。
こびとだったリンゴの彼女はママくらい大きくて、こわい時のママと同じ顔してワタシを見下ろした。

「ここは、ワンダーランド。あなたが居てはいけない場所よ」

どうしてと、あまい空気が口から出た。
ぴたりと冷たい何かがほっぺにくっついて。きんぴかの、冷たいナイフ。とがった先っちょ頬裂いた。

「ぁっ」
「おとぎの世界、アレが作ったおかしな世界。脇役のわたし達はここに囚われる。
おとぎ話は主人公がいて初めて成り立つの、だから主人公アリスは居ちゃいけない」

さみしいお顔がにこりと笑う。
ぺろりとほっぺが舐められて、「やつあたり」ってリンゴの彼女は目配せ一つ。

「ごめんなさいね」

ギラリと光る、きんぴかナイフがリンゴの彼女に突き刺さる。
どろりとあふれ出るのはあまいアマイ、リンゴの香り。

「あなたはアリス。物語を始め、終わらせる。だったら」

まん丸ビンに、あふれたリンゴの彼女が詰められる。
ビンがポッケに入れられて、きんぴかナイフがリンゴの彼女に牙をむく。
ナイフを持つのはこのワタシ。がたがたガタガタ手がふるえ、

「このワンダーランドを、このわたしを…終わらせて」