病院前に駆け付けた時には、過呼吸を起こして今にも倒れそうだった。後輩である名字の、こんな姿を見たのは初めてで、最近は
そのまま病院に連れて行けば、彼女を診ただろう医者に驚かれた。名字は診察した医者の判断で入院する事になり、俺は降谷さんに連絡を入れる為に、席を外した。これは、誰でも赤井を庇う気にはなれない。
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降谷さんは、怒りからだろうか、事の次第を伝えれば声が低くなっていった。今は比較的、仕事は落ち着いているから、特に緊急のものが入らない限り、名字に着いていてやれと、言われた。うちの班の紅一点である名字の事は降谷さんでも心配らしかった。
少し長くなった電話を終えて、病院に戻れば、名字は目を覚ましていた。
「風見さん、あの、私の……」
聞かれたのなら、本当の事を伝えなければならない。俺は息を一度深く吸い込んで、真実を伝える為に、声を出した。
「悪い、お前の子は……助けられなかった。もう少し早く着いていれば……」
ひゅう、と息を飲む音がして、名字を見れば、見開いた目からは涙が溢れていた。思わず其れを指で拭い、ハッと我にかえりハンカチを取り出した。ハンカチを渡そうとした手を名字は離さず、はくはくと何かを言おうと唇を動かした。なかなか声にならないが、空いている手で背中を撫でてやれば強張っていた体は少し弛緩した。
「あの、風見さんは悪くないです。謝らないで下さい。全部、タイミングが悪いだけです、きっと……」
そこまで言って、ハンカチを受け取って涙を拭いた名字のいじらしさに、俺が泣きたくなった。いつの間にか家族の様に思っていた後輩の苦しみを、赤井に知らしめてやりたくなる程の苛立ちも確かにあった。けれど、それ以上に、名字にはもう苦しんで欲しくは無い。もう赤井の事など忘れて、どうか俺を見て欲しい。俺を?何を思っているんだろうか?俺は……一体いつから?
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入院から半年も経てば、風見さんと降谷さんの……まあ特に風見さんの献身的とすら思える看護のおかげで、流産した以外は、何の問題も無い現状に、私はそろそろ赤井さんと別れる時が来たのだろうと、チリチリと痛む胸の奥を受け入れながら、思う様になっていた。
言葉にして、書類を出せば終わる関係。もともと、赤井さんと私交際が許されたのは、彼が当時は日本警察との合同捜査を行うFBIだったからだろう。其れが終わった今、もう、必要ない関係だからこそ、彼は私に殆ど連絡を寄越さないばかりか、勝手に電話に出られて、あんなに好き放題言わせられる位置に女を置けたのだろう。そして、私の事だって、日本に置いてきた、未だにシツコく連絡して来る
だったら、会いに来るとか希望を持たせたままに帰国するなんて、しなければ良いのに。私を愛おしいと言うのは確かに睦言でだけだった。ベッドの中ではお国柄が強く出ただけって事なのだろう。これなら、セブルスの方がまだ良かった。彼には愛おしくてたまらない女性が居た上で、任務の為の偽装結婚だった。だからと言って我らが夫婦らしい事をしていないと、知られる事のないようにと言う保険の為と、子が為せたらカモフラージュになるからと言うだけのセックスを繰り返していた。あの頃は私だけが愛してた事実が辛かったけれど、今は……赤井さんは、愛してると言いながら、性欲だけのセックスだったのなら、私はその方が辛いって事を、やっと知れた。
やっぱりセブルスは良い男だったな、なんて事を何で、彼の居ない世界で噛み締めているの?ってちょっと不思議になって、笑えるくらいにはなった。
しかしまあ、いくら降谷さんに言われたからと言って、休みを合わせてまで私の様子を見に来ては「降谷さんからの差し入れだ。」と二人分の昼食を持って来てくれたり、たまに買い物に行ったり、私の部屋や風見さんの部屋で映画のDVDを見たりして……まるで、恋人同士みたいな、デートみたいなちょっとした事に、私は確かに癒されていた。赤井さんの事を考えても、以前の様に苦しくて堪らないなんて事は徐々に減っていた。
もう直ぐで誕生日を迎え、27歳だ。先に進む時かな、と昇進試験の話を受けると同時に、交際を終えた事にしてもらって、赤井さんに「今まで、ありがとう。さようなら。」と別れのメールを送った。電話じゃあ繋がらないから。
昇進試験を受けて、上手くいけば私は警視になる。先輩の風見さんはノンキャリアながら既に警部になっているから、彼の優秀さが窺える。私は未だ自動昇進での警部だから。自動昇進と言えば、降谷さんも警視だったけれど、昇進試験を受けてさっさと警視正になり、今は課長補佐だ。きっと近いうちに更に上に行き、降谷さんは私も風見さんもバンバン働かせるつもりだろう。
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メールの返信は、あっさりしたもので、たった一言「分かった」それだけだったから、涙も出なかった。むしろ笑ってしまって、でも同期にも言えないからって理由で風見さんに言ってしまった。スゴく複雑そうな表情をされた。
「もう、吹っ切れたんですよ?それに、最近気付いたんですけど、今は風見さんと一緒に居る方が、気が楽なんです。Aさんよりも、ずっと!」
「……そうか、なら良い。無理はするなよ。」
そう言って、僅かに上がった口角と僅かに下がった目尻に、ホッとした。嫌われてないらしい。あれ?どうして風見さんに嫌われて無い事にホッとしているのだろう。尊敬していて、気に掛けて貰えている自覚もあって、でもそれは降谷さんも同じだって言うのに。
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吹っ切れたと言う言葉は本当だったらしく、あっと言う間に昇進試験に受かり、そのお嬢様な生まれとは思えない程に降谷さん並みのタフさを以て、いつしか俺の上司になっていた。降谷さんは、今は課長補佐として、相変わらず俺たちを上手く使ってくれている。
潜入捜査にも適性があると降谷さんに判断された名字は、幹部がコードネームを持つ組織へ潜入している。異例の潜入捜査官だった降谷さんと、その二代目である名字。この組織は黒の組織により覆い隠されていた、中小規模の組織の一つだったからなのか、名字は一年で幹部になっていた。動物名で呼ばれるのは笑いそうになるらしい名字にとっては、コードネームに関するセンスは黒の組織の方がほんの少しだけマシだと言うが、大した差はない様に思う。
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その組織を、それから二年で壊滅させ、死亡したハズの黒羽盗一を俺の協力者として登録する様に言ってきた時はさすがの降谷さんも絶句していたが、同時に関心もしていた。
更に一年後、黒羽氏の協力のお陰もあって、小さな組織を同時進行で三つも壊滅させた時には名字も、同じ年齢の時の降谷さんと同じく警視正となり、人事課へ移動になった。
降谷さんと言えば、ナマエより先に人事課へ行き首席監査官として動いている。時期に警視長になるだろう。
俺は、ノンキャリアではあったが、二人を支えた事を認められる形で、警視として課長補佐になった。
それぞれが着実に昇進している。そろそろプライベートな事を考える時間が増えてきたのは良い事なのだろう。けれど、俺にとっての其れはお見合いの釣り書を見る事じゃない。
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吹っ切れたと宣言して以降、仕事一筋のワーカーホリックの様に任務に打ち込んで来た。成果は認められて、がっつり出世したと言える。そんな今でも、風見さん、降谷さんとの付き合いは有る。有り難い事に彼らとの出会いから、縁は途切れる事は無い。
もう、誰かと恋人になるのは懲り懲りだと思っているけれど、彼らとの付き合いは、ホッと出来る。だから、この気持ちには蓋をする。今の人生でも結婚に夢など見ていられない。順調に昇進していても、私の家族にとっては、30歳の行き遅れ女でしか無い。と言っても、降谷さんは33歳、風見さんは34歳で未婚だから気にならなかった。
けれど持ってこられる見合いの釣り書はウンザリだった。その釣り書に関しては降谷さんと風見さんも同様らしく、三人で頭を抱えていた。
何でも、降谷さんには結婚したい女性が既に居るのだと言うものだから、全力で応援した。私たちにかかれば容易い事だった。表向きはすんなりと降谷さんは愛しの人と結婚出来た。
その女性が私の親族だった事には驚いたが、降谷さんと親戚ですね、と言った私に降谷さんが嬉しそうに笑って「お前は元から妹みたいなものだったから、本当に成ったようなものだな。ああ、後はお前たちの番だからな。」と言うものだから、思わず風見さんの方を見たら、目が合って、一気に頬が熱くなって、思わず顔を逸らした。
「風見、見ただろう?さっさと捕まえろ……知らない奴とのお見合い結婚よりは良いと思うぞ。」