偽装結婚の相手だったけれど、私は好きだった、ずっと。けれど彼には子供の頃からの最愛の人がいる。しかもその女性は既に死んでいて、死んだ大元は彼も担ってしまったのだと言う。
死人の記憶って美化されやすい。心に楔のように撃ち込まれた死人には勝てる訳が無い。だから好きでたまらない何て伝えた事は無い。
今生で好きになるのなら、せめて心に死人の住んで居ない人が良いな。あんな風に、愛しい人を求めながら、歳下の女を傷付きながら抱かざるを得ない、なんて事はして欲しく無い。
悪夢を見て飛び起きた汗だくのまま、冷蔵庫のミネラルウォーターをグラスに注いで飲み干した。
彼が好きだった女性の緑色の目は、嫌いになりたいのに嫌いになれなかった。ちょっと癖のある彼の黒い髪だって好きだった。結構高めの身長も、低い声も……あの女性を愛するその心まで引っ括めて全部、愛していた。
たまに、後輩として同僚として、家族として笑ってくれる顔も、呆れた様な顔も皮肉を言う時の笑みすらも、全部好きだった。
「 」
あの人の名を呼んでみても応え何て、ある訳も無い。寝起きの喉は未だ眠っていて、かすれて声になりはしない。
熱いシャワーを浴びて、朝食をとって身支度を整えていつもの様に出勤する。オフィスはいつも通りに徹夜組と、出勤して来た組が入り乱れる。
山の様に作ったサンドイッチの差し入れを持って行けば、それに気付いた徹夜組の一人である柚木がコーヒーをいれる為に動いてくれる。
「いつも悪いなあ。」
「お菓子とかカップ麺ばかりが続くと私は寂しいですから。」
出勤時に徹夜組への差し入れに何か作るのはいつもの事だった。同じ仲間で職場内だからこそ口に入れられるのだ。
いつもの様に、書類の山を片付けて片付けて。やっぱり定時には終わらない。今日もやっぱり残業である。
肩を回せば、バキバキに肩凝りになっているのはいつも通り。ちょっとコーヒーでも飲もうと立ち上がり、もう一人の残業組になった先輩に「コーヒー淹れましょうか?」と声を掛ければ「頼む」と短い返事が有った。
ガリガリと豆を挽いて、二人分のコーヒーをカップホルダーに乗せた白いインサートカップに注いでデスクに置いた。
「風見さん、置いときますね。」
「ああ、有難う。」
コーヒーと一緒に自分の買い置き分からクッキーを二枚分、カップホルダーの側に置いたら、少しは休憩してくれると知っている。
クッキーを齧って、コーヒーを口にする。今回もなかなか上手く淹れられたな何て思いながらパソコンの画面を少しぼんやりしつつ眺めた。
−−−CIAとFBIとの合同捜査、ね……もっと前から、その影に公安は気付いてたって言うのにね。そのせいでちょっと前からコッチは始末書だの誤魔化しだの違法作業しまくりなんだよなあ。早よ申請出してくれたら良かったのに。
潜入捜査中の諸伏先輩と、上司である降谷さんがFBIからの潜入捜査官と殺し合いになり掛けたのを切っ掛けに、こうなったらしい。そして、公安の掴んでいるNOCはリスト化しているが、其れはパソコン内には無い。有るのは降谷班の脳内にのみだ。死亡者が出た時にだけ、パソコン内に書き出すのだ。
結局、風見さんと二人して徹夜だった。
***
「え、私がですか?」
「ああ、お前はきっちり降谷さんについて行ける力量を持ちつつ人当たりも良いからな。下手に国際問題に出来ない。」
日本国内で好き勝手してくれているFBIに腹立たしく思うのは、降谷班の満場一致な意見では有るのだが、決まってしまったのだから、不満は呑み込む。仕方ないのである。
赤井への情報共有の為の人員として選ばれた名前は、赤井の待つセーフハウスへと幾度も足を運んだ。
「ふむ、ではコレはどう成っているんだ?」
「ああ、其れについての資料は別紙に有ります……このファイルに挟んで有りますので確認をお願いします。」
「ホォー……なるほど。コレは君が?」
「ええ、今回の資料は私が書きました。ちゃんと降谷さんのチェックもして有ります。何か不備でも?」
「いや、分かり易くてありがたいと思ってね。流石は降谷くんの部下、と言ったところだな。」
「え、あ、そ、そうでしょうか。まだまだ至らない所の方が多いので、照れますね……はは。」
「そう卑下するな。この後の予定は?」
向かい合っていた赤井は立ち上がり、自然に隣に座り直した。
「ええと、今日はこのまま帰れと言われて居ますが。」
「そうか、では食事でもどうだ。」
じわりと密着する程に近付かれ、それに戸惑っている内に、肩に右腕を回されていた。ここ最近、こんな接触が増えていて名前は戸惑っていた。
「っ!?ええと、赤井捜査官は外に出る時に変装なさるんでしょう?其れは手間も危険も有りますし、申し訳ないですよ。」
煙草と衣類の洗剤か柔軟剤の匂いが、恐らくは男の体臭と混ざって、名前の鼻腔をくすぐる。衣服越しの体温と合わさって、頬に朱がさしたのが自分でも分かる程だった。赤井には見ただけで分かるだろう。
「はは、其れでは俺の手料理でかまわんだろう?あまりレパートリーは無いのは知っているだろうがね。」
そう会話を続けながら、肩を抱いていた腕が背中を、撫でる様に腰まで下げて腰ごと引き寄せられていた。女ではあるが、しっかり鍛えている為に、一般的な同じ体格の女性よりも重い筈の名前を軽く動かせる赤井の力強さに、ドキりと胸が高鳴ったと気付いて離れようと腰を引くが、びくともしない。
「え?!あ、それこそ悪いですよ。」
「では、わざわざ捜査官等と付けずに呼んでくれ。」
グイと顔が近付き、耳元で囁く声にお腹の奥がきゅうっと成った事実に、知られて居ないと言うのに羞恥で俯いた。
さあ、と促され、ピクリと跳ねた体を赤井はグッと抱き寄せる。
「!?……あ、赤井さん?えっと、その……」
「ああ、可愛いな、君は。」
吐息が顔にかかる。大きくて男らしい手のひらが頬を撫でて、
どうしたら良いのか分からなくなって、目線が
「っ!……待って、あ、えっ、赤井さ、ん……あふ……!」
やめてと伝えようと開いた唇に、再び口付けが降って、頭を固定されたままに顎を押され、唇が大きく開かれる。温かく濡れた物が口腔に滑り込み、舌に触れた。ああ、名前は知っている、これはこの人の舌だ。粘膜同士が触れ合い、胸の奥が締め付けられる様な感覚がした。思い出すのは、前世の偽りの婚姻関係に居た男。
ああ、駄目……苦しい。私で欲を満たすだけなら、いやだ。愛してくれるとでも言うの?違うでしょう?
「ああ、そんな目で煽るのか、君は……可愛いな。」
「何言って……っ!」
抱き上げられて、運ばれた先は寝室だった。ベッドにそっと降ろされて、そのまま覆い被さる赤井の肢体が名前をベッドに縫いつけた。頭上で赤井の右の手のひらで一つに纏められた腕はタオルで縛り付けられていて、脚はいつの間にか広げられ、赤井の太腿に名前の太腿の裏が重ねられていた。
「いや、赤井さん……私……っあ!」
膝の裏を撫でられて、ピクリと体が跳ねる。手のひらが内腿を伝ってストッキングの上からショーツのクロッチを這い回る。薄く笑った赤井の唇が唇に触れる前に顔を横に向けて避けるが、そのまま首筋に口付け、吸い上げる。
「いやなのか?違うだろう?」
「え、あっ、ふうっ、待っ……赤井さ、ああっ!」
顎の下の柔らかな肌に吸い付きながら、左手でジャケットとブラウスのボタンを一つ一つ外して、露わになる白い肌に指が這う。鎖骨の辺りを舐められ、また吸われて胸が締め付けられる。切なさにただ、お腹の奥がキュウッとしてハッとする。
(私の体、もう赤井さんを受け入れようとしている……ああ、私は今回も愛されないんだ。)
グッとショーツのクロッチ部分を親指で押され、ぐちゃりと音がした。
「ああ、もう濡れて来たな。」
ストッキングを破られ、ショーツの隙間から、指が粘膜を刺激する。膣に長い指が入るだけで快感が走る。1本目の指が掻き回す度に、声が溢れて切なさが増してゆく。いつしか2本、3本と増えた指に解されてぐちゃぐちゃに愛液を垂れるのを止められない。
「ひっ、うう……や、やだ、赤井さ、あ、っああ!奥が、キュウって、切ないよお……」
「ああ、名前……
ズルりと指を抜かれた穴は、物欲しげに涎を垂らし、早く赤井を受け入れたいと言っているかの様だった。
「ああああ!っひいっ、だめ、赤、井、さ、の……大き、くて、くるし……」
奥まで一気に打ち込まれた赤井の
は、今までに経験した何よりも名字の中を満たした。
「悪いな、だが、その言葉と表情は、男を煽るぞ……っく、ああ、スキンを忘れたな。」
「うそ!抜いて……生は……」
「一度入れたなら、もう変わらんさ。動くぞ。」
「ああっ、や、だめなの、妊娠しちゃ、赤井さ、あううっ!」
「くく、煽るのが上手だな、君は……もう少し優しくしてやるつもりだったんだがな……」
「赤井さん!ねぇ待って、お願い、腕解いて、もう、わたし、赤井さんに抵抗しないからぁ!」
「ホォー、良いだろう。」
突き上げられながら、必死に言う言葉に赤井は動きを止めてタオルを外した。タオルを解かれた名前は、そっと赤井の背に腕を回して、脚も赤井の腰に回して足首をクロスさせた。
(本当は、この人の事、嫌いじゃ無いんだろう……きっと好き。だってここまで犯されても、嫌じゃあ無いから。だったら、もう良い。あの人の時と同じ、それだけだから。)
腰を赤井に押し付けて、名前が自らゆるゆると振れば、赤井に苦しいくらいに抱き締められていた。
「良いのか?」
耳元に囁かれた欲情を隠し切れていない声に、背筋が快感で震えた。
「良いよ……好きなようにして。」
「壊してしまうぞ。」
再度確かめるなんて、愛されていると勘違いしそうで、胸が苦しかった。
「赤井さん……私を、壊して……」
もう何も分からないくらいに、何も感じられないくらいに、酷く扱って欲しかった。愛なんて無いんだと分かるくらいに手酷く犯された方が、良い。
「っ……名前、名前!」
激しく欲望を打ち付けられるまま、言葉にならない声と粘着質な水音が部屋に響く。
(そんなに呼ばれたら、勘違いしちゃうでしょう?)
両手を伸ばして、首に手を回しグッと力を込める。形の良い唇に唇を合わせて、舌を差し込んだ。
(何も、何も言わないで。もっと酷くしてよ……私を壊すくらい酷く!)
差し込んだ舌を絡め取られて吸い上げられる。唾液が混ざって口角から顎に伝った。
「っはぁ、本当に……初めて会った時から、ずっと君が欲しかった。っく、名前……っ、愛してる、っはぁ」
何を言われたのか分からなくて、息が詰まった。
「っ、あかいさ、ほんと?」
揺れる視界でやっと出した声に赤井は、薄く笑んだ。
「受け入れてくれて、嬉しいんだ。嘘など言わんさ……」
その笑みと声音が嘘には感じられ無くて胸の奥が、熱くなる。
「うれし……あかいさん、もっとせーえき、おくに、っああ!」
何度目かの射精が膣の奥に弾け、入りきらずに溢れた白が名前の尻を伝う。
「すき、あかいさ、すき!」
泣きながら訴える様に吐き出される掠れた声に、名前の中で赤井のモノが幾度目かの復活をした。
「ふっ、俺もだ。愛してる。」
白濁液でドロドロになった中を抉られて腰を無意識に振る名前に赤井は、深い口付けを送った。
***
あれから、数少ないプライベートでは必ず会っていた。ほとんど出かける事も無くて、所謂お家デートばかりだった。私は其れでも全く平気なタイプだ。互いに料理を振る舞ったり、借りた映画を一緒にリビングで見たりして、夜には肌を重ねた。何度かそうする内に、交際届を出したら、先輩が胃のあたりを撫でるものだから血の気が引いた。
「いや、まあ、良いんだ……降谷さんと赤井捜査官の人間としての相性が、すこぶる悪い以外は、問題は無い……第一、お前は悪くないんだ。気にしないで今まで通り仕事に励め。」
そんなに相性が悪いのかと、頬が引き攣りそうになるのを堪えるしか無かった。
警察官である上、普通とは違う事をせざるを得ない所に所属していると言う自覚から、警察庁からの出向組で内勤が多いとは言え、体を鍛える事は怠らずに続けている。だからこそ、徹夜続きでの無理もきくし、スーツの下は同期の同性達の中でもトップの動ける筋肉質な肉体だと自負がある。撫で肩の為、あまりそうは見えないところが、更に変装向きでもあるらしい。態々、ロングヘアにしているのも、良いカモフラージュになる。だからこそ、必要な時は現場の補助として動く。
この時も、風見さんと現場に居た。FBIとの情報共有、合同会議などを経て、持ち場について作戦を基にしつつ臨機応変に動き、作戦の目標は達成した。代わりに降谷さんや私は一か月の安静と言われて、入院する筈だったが、少数精鋭の私達のうちトップとヒラが一人抜けては、事後処理と言う仕事が、なかなか進まない為、比較的マシだった私は一週間の入院で勝手に退院して仕事を再開した。降谷さんも、9日で退院した。必死に仕事をしている内に、FBIは本国に帰っていた。赤井さんは最後の休日に合わせて帰国の事を伝えてくれたから、動揺は無くて済んだ。けれど、名前や言葉が日本に馴染んでいても、彼はFBIでアメリカ人なのだと、否応にも思い出させた。
その割に前世として馴染んでいたイギリスの文化や言葉が、しょっちゅう覗く人でもあった。この人生でのイギリスが知りたいと言う理由だったけれど、私が高校で留学していた事を知った彼は、幼少期を過ごしたのはイギリスなのだと教えてくれた。だから案外、気が合っていた。
休日の度に会って、いつの間にか前世の夫よりも気を許していた赤井さんに対しての感情は、思ったよりも深い愛情になっていて、また会いに来てくれると言っていたのに、簡単に会えない距離に離れたと自覚した一人の休日に、胸に有ったのは大きな喪失感だった。
其れでも、仕事に影響を出さないだけの分別と精神力は持っていられたようで、私が落ち込んでいる事は、気付かれていない。徹夜続きによる疲労だと思われているのだろう。
赤井さんがアメリカへ帰って二か月経って、二度目の完全丸一日の休日に、ドレッサーに仕舞っている、赤井さんとのペアリングを手に取って眺めていた。
何となく、本来在るべき場所に着けて過ごそうとして、薬指に着けたけれど、するりと抜けてしまった。
送るメールの返事も殆ど無ければ、電話はコール音しか聞こえない。折り返しは無い。どちらか片方を週に一度。私は多いとは思わない。けれど彼には負担だったのだろう。さすがに少しずつ減らして行くことにして、今はもう二週間に一度だけのコール音を聞く作業になっていた。たまにだけれど、メールで連絡が来るのだけが、救いだった。
次の休日は、この二週間ほどずっと体調が優れない自覚は有ったが、精神的疲労と肉体的疲労の重なりだろうと思って自宅で安静にするつもりだったけれど、トイレで吐いてしまった事を風見さんに言えば、そんなに体調が悪いなら病院に行くようにと言われた。
公安としても使っている警察病院に行く事にした私に告げられたのは、妊娠三か月と言う言葉だった。恋人を連れて来るよう言われたが、アメリカに居て連絡のつかない赤井さんは連れて来れる訳がなかった。だから「仕事の事情で連れて来れません。」と言えば、医者は信頼できる人でも良いから兎に角連れて来なさいとの事だった。
一応は赤井さんに伝えるべきだろうと病院の外で、いつもしない時間で、日本が11時だからアチラはもう夜中だと分かってはいたけれど、電話をかけた。けれど、これが間違いだった。
珍しく、数コールで電話は繋がった。聞こえたのは、女の声。
『捨てられたメス犬のクセに、シュウのセックスが忘れられないんでしょ?今、アタシが狙ってんの!あんたは邪魔ですらないのよお?って言っても分かるわけないかー!アハハハハ!』
英語で汚く捲し立てられた。
『あらあら……酷いわ、なんて醜悪な言葉遣いかしら。ああ、彼はセックスだけの男だと思われているのね。可哀想な事だわ。』
思ったままを英語で言い返して、電話を切って、風見さんに電話をかけた。
信頼できる人と言われて、真っ先に思い浮かべられたのは、私の先輩であり同僚でもある風見さんと、私達の上司である降谷さんだった。
数コールで出てくれた風見さんに事情を説明していたら、苦しくて寒くて堪らなくなってきて、いつの間にか勝手にボロボロと涙が出ていた。
***
くらい、寒くて、怖くて、寂しい。
けれど、視界の端に暗めのグリーンのスーツが見えて、私はその姿に身を委ね、その苦しみから逃げた。
目を開けると、病室だった。少し寒くて起き上がるのは、諦めた。
寒いと思ったのは、点滴のせいだろう。輸液パックが視界にある。
しばらくぼんやりと、点滴の落ちる水玉を眺めていた。
赤井さんに、伝えるべき事は、無くなっていないだろうか、それだけが気掛かりで怖かった。彼が私を捨てたとしても、子供だけは諦めたくなかったから。赤井さんとの子なら、私にとって可愛い子だろう。未だ膨らみも分からない程の腹だったけれど、せっかく授かった命を大切にしたかった。
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*風見ルートへ*
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