私は「蘭」と言う名前らしい。
今度も日本人として生まれられた事にホッとした。遠い時代より、幾度と生まれては死ぬと言うサイクルを繰り返した。その時代と場所は平行世界だろうと言える程のズレが有りつつも、一つの共通項が存在する。私が日本人であると言う事だ。既に数百年は繰り返した日本人としての生は、私のアイデンティティと言うだろうモノと成っている。
男であった時、女であった時、何方も経験は有るが、何故だか女の事が多い。精神は肉体に引っ張られる為、幸い性同一性障害になった事はない。けれど、他の同性よりは異性への各種理解は有ると言えるだろう。だから、戦乱の中に女として生まれた時は無体を覚悟したし、男だった時は、護る為にと強さを求めた。
今回は、急にずっと過去に戻される事もなく、戦乱も無い利便性の上がった時代に生まれられたのだから、運が良い。
所謂、昭和の終わりに生まれたのは今回が初めてだ。平成の中頃に生まれた事も有るが、それぞれが平行世界であった為に、事件や事故等の回避は粗方不可能と言える。今回もそうだろう。ただ一つの利点は科学技術や医学等の学問分野は、変わらず発展し続ける事だ。だからこそ様々な分野を学べる。
今の私の父、毛利小五郎は警察官だ。私の母で有る英理と、娘である私、蘭を大切に思ってくれている。其れで居て、綺麗な女の人には良い格好をしたいって言う、普通の男の人でもある。だけど、ちゃんと「お父さん」だと思える為人をしている。刑事としては、ボケてるところも有るらしいけれど、情に厚い人で、私は人間的に好ましい父親だと思っている。ちょっとツンデレだから、それだけが心配だ。
母、英理は父より更にツンデレで、子供の立場からでもハラハラする。頭は良いらしくて、弁護士としてそろそろ自分の事務所を持てる程に負け知らずの凄腕の様だった。美人で頭脳明晰だけれど、一つだけ難点が有った。料理だけが全く出来ない事だ。頭が良いと料理も上手いと言う私の持論が、今生の実母によって覆された衝撃の味に、離乳食を吐き出したのは忘れられない出来事だった。来年で小学生になるが、好き勝手身動き取れるように成ったここ最近では、極力はキャベツやレタス等の葉物の生野菜を千切ったものに市販のドレッシングを掛けたサラダ、自分で作れる、市販の食パンと非加熱と刃物不使用の食材のみを挟んだサンドイッチ、と言ったものや、洗ってそのまま食べられるトマトや苺などを食べるようにしている。
電子レンジとオーブントースターでの調理なら許して貰えるらしいと知ってからは、耐熱ガラスのボウルやグラタン皿を利用して、玉子焼き、青菜のお浸し等の副菜をせっせと作るように成っていた。父は目を輝かせて喜んで食べてくれたので、食べられる味ではある。その頃には一番小さな包丁なら使用許可が得られていたのは、ありがたかった。
私が小学校へ進学した年、両親が別居し、母は旧姓を名乗り始めた。両親には両親の事情があるのだろう。特に実母が出て行くと言う今回の状況は、私の様に自我のしっかりした転生者で無ければ、ショックで多少は情緒不安定に成ったりしていた可能性は否めない。けれど、私は好きに家事を行える事に、ホッとしているくらいだ。特に毎日の食事で、無理に母の手作りを食さず済むと言う事に安堵していたのは、父も変わらぬらしい。其れでも、別居と言うのは中々に堪えているようで、酒量が増えた。
警察官である父の為、自身の成長の為、極力、バランスの良くて美味しい食事を心がけていた。そんな状況の私達家族に、母の幼馴染みであり、私の幼馴染みの一人の母である工藤有希子さんが、食事の差し入れだったり、料理について教えてくれたりした事は私の料理に対する技術を大きく上昇さでた。非常に有り難い事だった。父が忙しい時期には泊まりにおいで、と言ってくれる上に、費用さえ用立てれば、旅行にすら一緒にどうかと誘われるのだ。さすがに悪いなと思って、ほとんど行きはしない。
けれど、父が警察官を辞めて探偵業を行う為の手続きや引越しなどで、私の面倒を見ていられない程に忙しくなると分かった今年の夏は、一番忙しいらしい時期に工藤家が旅行を合わせてくれたと言う事も相まって、断りきれず……と言うか親同士で話し合いが済んでいたので、甘んじる事となった。
その旅行で出会った女の子と、その家族はとても印象的だった。なんと言うか、全体的にカッコいい。幼馴染みの新一も結構な変わり者だけれど、彼らはもっと個性的だった。だから、また会えたら良いな何て思っていた。
その時に起きた事件さえ無ければ、中々に楽しい旅行だった。本当なら私の両親も来れたら、もっと良かったのだけれど、難しいものだ。
難しいのは、新一との関係もだった。
新一は私の父の職業を全て、見下しているらしい。警察官も頼りにならないと思っているし、父の探偵業もパッとしないとか、勝手なことをグチグチ言う。私が「目立たないからこそ、依頼に来る人だって居るのよ。目立ちたく無い人の方が世の中には多いの。」と言っても全く新一には、理解して貰えていないんだと分かる程には、あからさまだ。
世の中の探偵は小説の中みたいな生き方をしない。特に日本では不可能だ。なんならハードボイルドでボクシングが出来て、頭が良くて、料理の腕も一流で、楽器が弾けたりって言う全て揃ってたら、人気が出すぎて探偵は難しいだろう。
それに犯罪者を捕まえたいなら、日本では警察官になるべきなのだ。
父はバイオリンも弾けないし、ボクシングも出来ないけれど、柔道と射撃の腕は一流だし、何より脚で得る情報はちゃんと得て来るからこそ、浮気調査や素行調査と言った依頼が少しずつ入っている。事件への推理力と言うものが、スイッチが入らないと発揮できないと言う、それだけである。
2020/04/21