2210年、審神者という名誉有る国家公務員の存在は広く知られている時代。どんな職務なのか、どう言った同僚が存在するのか、詳細は広報されていないがこの国の歴史を守り、国民を守る為の仕事だと言う事は知られている。憧れる者も胡乱な目を向ける者も居る仕事だ。
けれど、紫(むらさき)と名付けられた審神者はそんな事等知らなかった。世間に興味が薄かったのは確かだが理由は其れでは無い。紫は審神者を集め戦の始まった2205年より217年前に生まれた過去の人間だった。その様に連れて来られたのは何も紫だけでは無い。
とりあえず区切られた1930年代から2030年代の100年と言う区切りで連れて来られた老若男女は、その審神者への勧誘自体が拉致だと言えるが、帰られない様に、酷にも死の直前に攫われて未来の治療を受け、この時代で国を守る為に生きて欲しいと懇願される。多くのこの時代の人間が審神者になろうとも足りぬだろうと言う机上の計算により過去からの審神者を、と言う計画をも知らされ、過去出身審神者は誕生して行く。
紫は、ギリギリ昭和生まれの審神者だった。昭和から順に集められ、未来からは区別も無く先輩たる昭和出身審神者に弟子入りさせられた。2201年から見れば、何方も時代劇の時代に変わりはなく、理解も乏しかった。
けれど、その実、戦後間もない時代の人間と戦後64年の2009年に20歳だった紫では大きく時代が異なる。細かく言えば、幕末から約75年後の1945年と更に約75年後が2015だと言えばその時代の開きが分かる人には分かった筈だった。幕末から約120年後に生まれた彼女から見れば2201年の方が約190年後であり、よほど離れた時代でもあった。大袈裟に言えば100年前と200年後とも言える。
生年1988年つまりは昭和63年生まれの彼女は、物心ついた時には平成だった。とは言え弩級の田舎暮らしであった故に五右衛門風呂とボットン便所は身近だったし、馬も飼っていたし、畑もあれば山や川が遊び場だった。猟犬も居れば、猟銃を担いで山に行く叔父や祖父も居たし、蛍飛び交う夏は当たり前で、蚊に刺され無いよう蚊帳だって使っていた。大伯父はペリリュー島沖で戦死して、祖父は辛うじて特攻せずに済んだ海の特攻隊員だったと言う世代で、その割にパソコンを自分で組み上げたりと言う事もしていると言うチグハグさもあった。
そんな彼女が研修として弟子入りしたのは丁度、戦中末期に戦死した筈の軍人の元だった。
師匠は酔仙翁(すいせんのう)と言う随分と風流な名を付けられた審神者だった。審神者歴5年の彼は、年齢だけなら淡海の月と6つしか変わらない26歳だが、中身は昭和40年代に生きた人間である。彼の生年からその可能性を考えていた淡海の月は、案内の政府職員は気付かないが、ひどく緊張していた。気分は言うなら断罪される側だった。
案内されて、広間に入った紫はその雰囲気を肌で感じてもとより伸びていた背筋のまま、上体を倒す事なく蹲踞で下座に付いた。地元の神社で10代の頃にした巫女さんバイトと、子供の頃からしていた剣道のお陰で審神者の衣装を一人で着れた事に先程までは感謝していたが、今はこの座り方に慣れている事に感謝していた。
ーー戦中を生き抜いた剣道の爺ちゃん師範の本気を思い出す緊張感…ちょっと怖いな。
本人は無意識だったが、剣道とバイトで培ったポーカーフェイスとそれに慣れている雰囲気に、臣下として並んでいた酔仙翁の刀剣男士達は、案内されて入って来た女の、この時代の審神者には無い空気に感心していた。
そして政府職員は穏やかだった紫の変わり様に冷や汗をかきはじめた。ーーやっぱり過去出身審神者ってみんなこう何だ!こえー…!
この本丸の審神者が入室したと刀剣男士達の雰囲気で察した紫は、畳に指をつき上体を倒して礼をとった。
「顔を上げなさい。お信(のぶ)…?紫と言ったか、親族に寅彦、武彦、辰彦と言う者は居るか?」
「はい、祖父、曾祖父と高祖父がその名で御座います。」
言われるままに顔を上げ、尋ねられた事に答えた。
「そうかそうか、お信に良く似ている。お前は寅彦の孫か。あれは俺の弟…つまりは俺はお前の大伯父と言う事だ。」
「!」
刀剣男士も紫も政府職員も驚き声が出ない。
「…大伯父上?まさか、ペリリュー島の沖で戦死なされたと……成る程、そう言う事ですか。お会い出来て嬉しゅう御座います、大伯父上。」
自分と同じ様に連れて来られたのだと察して、皮肉な笑みに一瞬歪んだ表情を戻して大伯父に紫はふわりと笑んだ。
「俺もだ。まさかこの様に親族と会い見えるとはな。まあ、いかに身内とは言え指導に手は抜かない。安心しろ。」
後半は政府職員への言葉だ。突然の事に政府職員は上擦った返事を返し、そそくさと帰って行った。
***
「主の大姪か、存外世間とは狭いものだね。」
「俺も驚いた。病で死んだ妹に良く似ている…背の丈もほとんど同じだ。」
短刀達に本丸を案内されている姿を見て、酔仙翁は妹の面影の濃い見習いと背丈の近い案内役の一人である乱藤四郎に目線を移した。
「この時代の女人の多くは大女だからね、あのくらいが僕には慣れていて良いけれど……小さい方なのだろう?やはり戦後でマトモに食事が取れなかったんだろうか。」
「いやなに、俺の家系は背が低い方だった。俺もそう大きくは無い……あれもそうなのだろう。」
実際、紫の実母も彼女と変わらないくらいの背丈だ。そして彼女の背丈は戦国の世や江戸時代での女性の平均値に近い。更に酔仙翁の最も近い親族でも有る故に、短刀達が挙って構いたがるのも道理だった。
「