ある日、目が覚めたら知らない天井が有った。意味が分からず固まる私をブラックスーツの男が起こしに来た。何だか病院の様な内装とベッドに事故か何かに巻き込まれたのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
端的に言えば、拉致されて審神者になれとの事だったが、待て待て?審神者ってアレでしょ?卑弥呼の弟か誰かがやってた、巫が対話する為に降ろす神を選別と言うか、降ろす前の準備するとかどうとか言う神職ですよね?それって廃れつつあると聞いていたが……しかもほぼ男性が就く役目ですよ?どう言う事なの?
なんて疑問もぶつけたけれど、なあんにも答えてはもらえず仕舞い。しかも、ここって私の本来の生きてた時代よりずっと未来、らしい。確かに最新技術らしい医療技術によって、審神者をする為にと一瞬で虫歯すら治されては信じざるを得なかった。しかし、異世界転生の次はタイムスリップなのか。
そして見習いとして連れられた本丸と言う審神者の活動拠点は、暗くて息苦しい場所だった。刀剣男士とか言う神様寄りの付喪神に協力してもらう審神者と言う職業だと、渡された「審神者の心得」って言う教科書や参考書みたいな分厚い本にはあったのに、神様を顕現している割に穢れとでも言えば良いのか、息苦しさと目が霞んだ様な視界に違和感を感じた。
そこの本丸の審神者はニヤニヤと笑う男だった。笑っているのは雰囲気で分かるけれど…その顔も身体も黒いモヤで覆われて見えなかった。そこに集合していたこの本丸の全員である30人程の刀剣男士は未だ顔が見えるのに。
この時は審神者の心得と言う本を読み込む時間も無かったから分からなかったけれど、後で思えばコレも息苦しさも、見辛い視界も、この本丸の穢れだったのだ。
「見習いって言えば、コイツらと寝ての乗っ取りとか言うあり得ない話が一時期流行ったもんだ。そうだ、お前やってみろよ!そんなんで本当に主を鞍替え出来るかって実験。」
何を言ってるんだ、この男は。刀剣男士と寝て?乗っ取り?右も左も分からないのに?と困惑する私を他所に、男は一人の刀剣男士に命じた。
「おい、コイツと此処でまぐわえ。」
理解が追いつかない。パニックだった。誰かが何か言っているのも耳には入らなくて、何とか立ち上がろうとした身体は床に縫い付けられ、懐に入れていた守り刀を手にしたけれど、それすら抜けずに手のひらからこぼれて、暴かれていく。
「っく…」
声を上げてなどやるものか。着物の端を噛んで歯を食い縛る。抵抗もやめなかったけれど、抑え付ける力は強くて、その身体は大きくて、抵抗など意味を成さなかった。私を組み敷いた男の目は赤く、長い髪は白い。小さく「すまぬ」と聞こえたのは気のせいだろうか。
***
主だと認めたく無い程に下劣な男に、女の見習いが来ると知らされた時、その見習いの前でくらいは取り繕うだろうと思ったのは間違いだった。
見習いとして本丸に現れたのは、手入れされた烏の濡れ羽色の髪を腰あたりまで伸ばした、この時代の女人にしては小柄で、彼らにとっては見慣れた背丈の年頃の女だった。身に纏った女性審神者用の正装と合わされば、此処が2200年代だと忘れさせる程の雰囲気を持っていた。
何より彼女はふんわりと柔らかく輝いて見えた。其れは彼女が浄化力の高い霊力を持つ故に、穢れに塗れた本丸にて光に見えたのだろう。
彼女が春霞と言う審神者名を名乗り、挨拶し終えた返事は、予想以上に下劣だった。命じられた小狐丸も拒否していたけれど、言霊で縛られては従う他無かった。
身体の大きな小狐丸に組み敷かれ、必死に抵抗し、ようやく空いた右手を懐に入れ短刀を引っ張り出したけれど、それは鞘から抜かれる事もなく床に転がった。
春霞は着物の端を噛んで耐えていた。大粒の涙を零しながら噛み締めた着物には赤い血が滲んでいた。
其れの反対に、小狐丸の中傷程度だった傷が少しずつ癒されていくのを男は興味深く見ていた。
男が良いと言うまで犯され続けた春霞は気を失っていた。そんな彼女の処遇を男は機嫌良く告げた。
「確認して来たけど、資材が減ってねえ…こりゃあ儲けもんだろ。手入れの代わりにお前らはコイツを犯せば良い。今日からそうしろ。詳しくは知らねえが、後ろ盾も無いって担当者は言ってたし問題ねーだろう。」
抗議は聞き入れられる事は無かった。
男がその場を去ってから、小狐丸は春霞を抱き上げ、本来用意していた部屋では無く、刀剣男士達が過ごす棟の風呂場に程近い部屋へ向かった。
「せめて、いつでも身を清められる方が良いだろうと、そうは思わぬか。」
そう言う小狐丸に反対する者は誰もいなかった。
***
春霞は、その身を休める暇も殆ど無い程だったが、一度気を失えば其の回が終われば一旦は終わり、目を覚ました時には短刀達が身を清めるのを手伝った。そして直ぐ様、次が行われる。
初めの頃は、空腹を訴えていた腹の虫に従い、彼らが消化の良い物を食わせてくれていた。その内、腹は余り減らなくなり、気絶する事も殆ど無くなった。春霞と体を重ねた者たちは、怪我をせぬ様に気を付け、余り傷が深く無い内に体を重ねる事で彼女への負担を減らそうとしていた。その甲斐あって、春霞はほんの少しだけ時間が出来た。その時間は一冊の本を読む事に費やした。その頃には見習い期間の三か月などとうに過ぎていたけれど、春霞も彼らも、見習い期間がいつまでなのか何て全く知らなかった。
そして、見習い期間が過ぎても来ない政府役人の迎えにも気付く事なく、春霞の霊力は神気へと置換され続け、彼らの傷の治りも早くなって行った。その体が神気にて壊れて終わぬ様に、彼女の肉体を否応無く取り込んで行く神気に耐えられる様にと、それぞれが護りを常に与えていた。
その主力となったのは太郎太刀だった。彼は此処で唯一の大太刀故に、長時間にわたって彼女を抱く為、触れる時間が誰よりも多く、主力として戦場に出ずっ張りで怪我の頻度も多かったのだ。
その次の頻度と合計時間となったのは、唯一の槍である蜻蛉切、そして元々手入れ資材が少ない故に練度が高い小狐丸だった。
短刀達だけは、手入れ部屋に入れておく方が早く回復すると此処の審神者が気付いてからは、重傷にならない限り、彼女の元へは世話や様子を見守る為に現れる様に成った。
***
春霞には、好いた男が居た。兄が間に入っての結婚で家の為ではあったが仲も良く、悲しくて泣けば花を摘んで持って来てくれて「泣くな」と言ってくれる優しい人だった。照れ屋で照れ隠しに、ちょっと強い言葉遣いになりやすいけれど、そう理解していたから、それすらも愛おしかった。最悪の結末についても、最善の結末についても、偶然知っていた春霞は、当然最善を目指したけれど、叶わなかった。
「新九郎様……」
目の前で死した夫の姿は未だに忘れられはしない。あのエンディングソング通りの心情に涙は枯れない。
「肌に伝し蛭巻の痛みとて 背の君持ちし花ぞ有らんと 見るぞ能わず されど忘れじ」
***
呟きを聞いていた小狐丸は、グッと唇を引き締めた。
あれは自分達に痛い程に抱かれ、それを癒すのは夫のくれた花。もう二度と見れぬとしても、その花をくれた事を忘れる事など無い…そう言う哀しい恋歌だ。
憐れで美しい女だと常、思ってはいた。夫と引き離され、この様な辱めに遭う等と春霞も思いはしなかったろうに。ああ、何と憐れで愛い女だろう。
幾度と重ねた肌
「恋し背の君よ 根の国ゆかば会えねども ふくらよ 冷たき我が祈りたれ」
死後の世界へ行かなければ、恋しい夫に会えないならば、その刃で冷たき骸にして欲しい。そう祈るのか。そして、会いたいだろう春霞の夫は死んでいるのだと初めて知った。
せめて会わせてやるべきな様に感じて、小狐丸は柄を握った。
「小狐丸、なりません。死したとして今の肉体で彼女は夫君の元へ行けるとは限らぬのです」
密かな声で止めたのは太郎太刀だった。