03 現実2
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心配するアリエにホッとして抱きついて泣けば、黙って抱き締めてくれた。
ーー私には姉さんが居るもの……大丈夫。
鋭い爪の有る手が頬を撫でる。赤く光る双眸が笑っていた。黒い色に赤い差し色。見た目によらず暖かな手のひらに義父が生きていた時を思い出して、気付けば手を伸ばしていた。低い声が笑って名を呼んだ。家族にする様に腕を背に回せば、それも同じ様に腕を回した。何故か酷く安心して更に抱き締めれば、抱き返してくれる。まるで、父との……。
「っ!……はぁ、夢?」
明らかにおかしなだった。なんて夢を見たのかと青くなりつつ、酷く重い身体を動かして、シャワールームへ向かう。
おかしい、何故、こんなにも疲労しているのだろう。昨日、ショッキングな事実を知ったからなのだろうか。シャワールームで鏡に写る自身の身体に異変は感じられない。
「やっぱり夢よ……あんな話を聞いたから、きっとそう」
じゃ無ければ、ベリアルにあんな風に優しくされる夢何て見るはず何て無い。其れにアリエが居るのだから、侵入者が有れば気付いてくれるはずだと思い直した。けれど、それからほぼ一週間、同じ様な夢を見続けた。アリエには魘されている、と心配されてしまうし身体は怠く重たい。憂鬱だった。
ベリアルがジードやゼロと戦っている間だけは、夢も見なかった。倒されたと知ってホッとしたのも束の間の事。
倒された筈のベリアルがアリルの前に現れた。
「どうして……?」
「ああ、アリル……今までも、ずーっと側に居たんだ。そう冷たくするな」
夢の中のベリアルの様に、爪の有る指が頬を撫でる。
「姉さん、は、どこ?」
ここのところ姿の見えない姉に、この男が危害を加えたのでは無いかと懸念していた。
「いつも私をそう呼んで懐いてたなあ」
つまり、姉アリエはベリアルだったと言いたいらしい。
「そんな、いつからなの?」
「ずーっと、そう言ったろう」
「じゃあ、姉さん、は……ああ、そんな!」
信じられない、信じたくない、けれどベリアルの言葉が其れを許してくれない。
姉など初めから居なかったのだと言う事実に気づいて、絶望に染まる目をベリアルは笑って見ていた。
「ずっと側に居てやったのは私だったと言うだけだ」
「何で、一緒に居たの」
「おいおい、アリルは俺の遺伝子から作られた。つまりは親子と一緒だろう。一番怪しまれない方法で一番側に居てやったんだ」
何でどうして、嘘だ、そんな言葉が頭を巡る割に寂しがりな心は素直に喜んで受け入れたら良いと訴えている。
「……う、ああ……私、どうしたら……」
立ち尽くすアリルをベリアルは正面から抱擁し、身を屈めて耳元で囁いた。
「私が愛してやろう」
あの夢と同じ様にベリアルは、アリルの体を包み込む様に抱き締めている。
「あ……なんで……私は、私……は」
ガクガクと体が震えた。都合の良い夢に違いないと思うしかないのに、これは夢ではない。アリルの顔を覗き込む、それが酷く美しく思えて手を伸ばしていたのだった。
「受け入れてくれるか?」
違う、ダメだ、そう思うのに、必要だと父に言われた事実だけで涙が溢れた。もう、全てを受け入れよう。他の全てを、失う事になったとしても。
「はい……」
「起きろ、おい、アリル」
外はまだ暗い。疲れなど無いらしいベリアルに揺すり起こされ、シャワールームに放り込まれたアリルは、光の粒子が自身の全身から薄く漂っていた事になど気付く事もなくシャワーを浴びていた。
「良いのよ、私の事……利用したいだけでも。必要とされるなら、それでも良いわ」
一人つぶやいて、自身を撫でた手のひらと抱き締めた肌を思い出した。人間と違って硬めだが弾力のある滑らかな触感と人間には有り得ない色の肌。人間じゃない……けれど不思議と嫌悪感も無いどころか、完全に受け入れていた。
「うそ、私……あの人は、地球をめちゃくちゃに……」
まだ一緒に居たいなんて……。
「しばらくアリエの姿になる……それらしく振る舞え、良いな」
そう言って姿を変えたベリアルは、さっさと出掛けてしまった。カレンダーを見れば今日は仕事だ。行きたくないな、と思うがいつも通りの方が良いんだろうと思い、出勤した。
帰宅すると、当たり前の様に姉の座っていた定位置にベリアルが居た。何故か当たり前の様に「ただいま」「お帰り」のやり取りをして、当たり前の様に共に食事をとった。そうするのが自然なのだと思える程に当たり前の様に、2人は抱き締めあった。
胸元で頬を擦り付けてくる少女に悪い気はしない。腕の中で縋り付く少女は、これまで家族を姉を演じてやっていた相手だ。その時の懐かれ方とは違う、己れ自身を求める娘の姿に、知らずして遅い愛が確かに生まれていた。
2024/08/31 up
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