同じ空ですらない
#同じ空ですらない。
いつか私は帰るんだって分かっていた。それでも、心と言うものは分からないもので……いつしか好きになっていた。感情を現す、動く耳。正面からじゃあ分からないけれど、後ろからだとよく分かる揺れる短めな尻尾。サバナクロー寮生達に混ざると小さく見えるけれど、結構ある身長は見上げなきゃいけない程。ハスキーで聴き心地の良い声と大きくて抜け目の無さが光る目。
そして一度だけ見せてもらった夕焼けの草原のポストカードに広がる美しい青空。太陽だって月だって同じにしか見えないのに、空はなんだか違う。同じ空を見上げれば……なんて思っていたのに、空も空気も地面も全て違っていた。魔法の匂い何てレオナ先輩じゃあ無いから分からないのに、全部が違うって事だけは分かってしまう。
二度と会えないのだとしても、声から忘れて行くのだとしても、こも想いだけは忘れないでいたい。そう思って過ごしている内に、周りに持ち掛けられるお見合い話や合コン話に辟易しつつも10年が経っていた。もうラギー先輩が呼んでくれた声がどんな声だったかすら思い出せない。ああ次は顔を忘れるのだろうと未だに好きな笑顔を思い浮かべた。忘れないって誓ったのに徐々に失われる思い出に、自分が嫌になる。人は忘れる生き物だと言うけれど、忘れたく無い事まで忘却してしまうのなら、未だ憶えていられる今の内に思い出を抱いたまま、死ねたら良いのに。
ベッドから出て、窓から見えた朝の日差しに一気に其処まで考えて、誰にも届かない溜息を吐いた。
「溜息なんか吐いちゃって、幸せが逃げるって言ってたのユウくんでしょ?」
息を呑んだ。忘れたはずの声だった。
振り返れない。
「ら、ぎー、せんぱ…」
前より高い位置から聞こえる声は近付いて温もりを背中に感じた。胸元に回された腕、感じる息遣い。本当にそこに居るのだと分かる存在感。
「ハイハイ、オレっスよ。わ、あー、そんなにオレに会いたかったの?」
声何て出せなかった。ただ漏れ出るのは嗚咽。私はただ頷くしか出来なかったけれど、意図は伝わってくれただろう。
「そっか……オレも会いたかった。ずっと君があの世界で生きて行ける様に調整してた。レオナさんも協力してくれた……ああ、レオナさんだけじゃ無くて色んな人が協力してくれたんだ。学園長だって力を貸してくれたんだって言ったら驚くだろうなあって、思ってた。」
ぎゅうっと抱き締めた腕が離れて、ラギー先輩はそこで黙っていた。顔が見たいと思った。向こうに連れて帰ってくれると言うのだろうか?そうで無いとして、せめて顔を見せて欲しい。そしたらまだ頑張れるから。振り返って、ラギー先輩の顔の位置がやっぱり高くなっていて、記憶より大人になった顔も、ちょっと低くなった声も、やっぱりラギー先輩の事が好きだなって実感させてくれた。
「ユウくん、オレの手を取ってくれますか?」
あの日と同じ手を私は再び取った。
もう、二度と離さない。
***
2020/09/02
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