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 牛島君とディープキスをした時の、体中に力が入らなくなって腹の奥が疼くような感覚の正体を私は知っている。私は、性的に興奮しているのだ。あれから牛島君と触れ合うたびに、私は同じ感覚を味わうことになった。体が熱くなって、胸の奥からどろりと溶けていくような昂りを、人は欲と呼ぶのだろう。回数を重ねるごとに、その感覚は顕著になった。牛島君が帰った後にトイレに入ったら、下着が濡れていたこともある。私達女の体は、こうして男性を受け入れる準備を整えていくのだ。

 キスをしている最中、私は目を開けて牛島君を見つめた。牛島君は何を考えているのだろう。キスの最中は、いや、それ以外の時も、私のことを考えてくれたら嬉しい。牛島君の顔が離れていくのを、私はだらけきった表情で見つめていたことだろう。気付いたら、私は牛島君に手を伸ばしていた。

「えっと、」

 私の手に目を止めた牛島君に対し、私は必死に言い訳を考える。だがこの手は牛島君に欲情したという証左でしかないのだ。私は、私の体は、牛島君を求めている。

 牛島君はそっと私の手を包んだ。

「したいか?」

 何が、と聞く方が野暮だろう。私の中で恥じらいと欲求がせめぎ合っていた。牛島君に性欲が強いと思われたらどうしよう。でも、今はかまととぶる場面ではない。

「し、たい」

 私は牛島君の手の中で手を握る。牛島君を見ていられず、顔を隠すように俯いた。牛島君は私の手を解いた後、自分の指を絡めた。

「俺も、したい」

 私は弾かれたように顔を上げる。牛島君は野生的なのに、どこか美しい顔をしていた。今日、ここでしてしまうのだろうか。私の不安と期待を裏切るように、牛島君は目を見たまま話す。

「だが今日は持っていない。今度お互いにきちんと準備した時に必ずしよう」
「うん……」

 牛島君は私の手を離し、小指を絡めた。所謂指きりだ。体を重ねる約束をするためにしているのだと思うと、ただ指を絡める動作が酷くいやらしく思えた。牛島君が避妊具を持ち合わせていて、私の準備も整った時。牛島君の口調では、その日は遠くないように思えた。私もできればすぐにしたいと思っていた。でも今はできないから、小指で我慢する。プロバレーボーラーの小指を預かっているのだと思うと、酷く贅沢なことに思えた。これから体の全ても頂いてしまうのだ。私の中で何かが込み上がる。恋人と体を重ねることをこんなに愛おしく感じるなど、思ってもみなかった。
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