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 牛島君と仲直りしてから、定期的に牛島君が私の部屋を訪れるようになった。何でもランニングのコースを変えたのだという。その中に私と会いたい気持ちがあるというのは私の思い込みではないだろう。私は飲み物の用意をしながら、牛島君を待った。

 あの牛島君と、遂に喧嘩までできるようになったのだ。私は頬が緩むのを抑えきれなかった。最初は名前すら知られず、話すようになっても牛島君主体のペースが続いた。私と牛島君が対等に付き合えるなど、思ってもいなかったのだ。それが今や牛島君に意見をし、牛島君もきちんと私の声に耳を傾けてくれるようになった。世の恋人達がぶつかるであろう壁を一つ乗り越えた私は、一皮剥けたような気になっていた。

 インターホンが鳴り、人物をチェックしてからドアを開ける。

「来たぞ」
「いらっしゃい」

 きちんと相手を確かめたからお小言はなしだ。私は牛島君をリビングに通し、飲み物を出した。

「ランニングお疲れ様」
「ああ」

 こうしていると夫婦みたいだ、なんて思ってしまう。恥ずかしさを誤魔化すようにお茶を飲み、少し咽せる。牛島君は背筋を正して隣に座っていた。

「今週、サークルの飲み会に行くことになった」
「そうか」

 牛島君と話をしてから、牛島君は前のように嫌な顔をすることがなくなった。恥ずかしさを我慢し、私が牛島君をどれだけ好きでいたかを説いた結果だ。初めは懐疑的だった牛島君も、「名前忘れられても一年間好きでいたよね!?」と言ったら得意げな表情になった。牛島若利は自信と余裕のある表情の方が似合う。私も牛島君が嫌だと言ったら大学やバイトの話はやめるし、飲み会に参加するのもやめようと決めていた。今のところ、上手く行っている。

 私の話がひと段落すると、牛島君は私の手に手を重ねた。来た。私は緊張を噛み殺す。喧嘩をして以降、こうして触れ合うことが多くなった。大抵この後には、唇を合わせる。

 私の予想通り、牛島君は私の頬を掴んでキスをした。何秒経っても離れない唇に、息を止めるのも苦しくなってくる。そろそろかと思っていると、唇を割って舌が入ってきた。

 初めての感触に私は心の中で絶叫する。これが噂に聞く、ディープキスというものだろうか。牛島君の舌は所在なく私の口内を動き回った後、私の舌と絡まった。私の舌の動きはこれで合っているのだろうか。何もわからない。私の緊張は牛島君に伝わっていることだろう。多分牛島君も、緊張している。ふやけてしまいそうな体の奥で、下半身が疼くのを感じた。

 私の口内に体温を残して、牛島君の舌は出て行った。離れても、口の周りに唾液がついた感覚がする。牛島君は顔を背けた後、そそくさと立ち上がった。

「もう行く」
「う、うん」

 牛島君を玄関まで送れなかったのはキスの余韻に浸っていたからだけではない。体中に力が入らなくなって、へたるように座り込んでいたからだ。
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