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「元の世界に帰る方法が分かったかもしれない」

無一郎は一体どんな反応をするだろうか。またいつもの無表情か、それともよかったねと笑ってくれるか。正解はどちらでもなく、不満を噛み殺しているかのような複雑な表情だった。

「……それで、帰るの」
「うん!」

無一郎は何も言わず、ただじっと私を見ている。この時無一郎がどんな気持ちだったかなんて、喜びに舞い上がっていた私には分からなかった。きっと冷静になっていたとしても、無一郎の気持ちに私が気付くことはなかっただろう。無一郎は一度口を開き、押し込めるように固く閉じると、少ししてからもう一度ゆっくりと口を開いた。

「おめでとう。よかったね」
「ありがとう!」

無一郎は不意に私の手を取ると、小指と小指を絡めた。そして至近距離から私を見上げた。元の世界に帰れる喜びに舞い上がっていた私はこの時初めて無一郎の異変に気付いた。無一郎は、穏やかで凪いだような表情で私を見ていた。

「これから、名前は元の世界に帰る。もしかしたら僕も、またどこか別の世界に生まれ変わるのかもしれない。だけどどの世界にいても、僕のことを忘れないで」

無一郎はそう言って繋いだ小指に力を込めた。私もそれに力を込めて返す。私達は額を突き合わせて笑った。これが永遠の別れなのかもしれなくて、もしかしたら始まりなのかもしれなかった。それでも、この想いだけは消えないようにと、心から願った。


目が覚めると、木目の天井が広がっていた。試しに浴衣を見てみると、あの日直した通り右前になっている。元の世界に帰ってきたのだと思うと共に安堵の息が漏れた。私は、ようやく死後の世界を脱出できた。安心すると共に、隣で動く気配に申し訳なくなる。私は今日、彼に別れを告げなくてはいけない。

起きた彼に向かい合うと、彼は「なんとなくそう言うと思ったよ」と言って了承してくれた。最後まで優しい彼に感謝を告げ、私は無一郎の元へと走る。付き合っている間、ずっと別の誰かを見ているようだったなんて被害者ぶってごめん。無一郎はずっと私を見ていた。裏切ったのは、忘れたのは私の方だったのだ。

インターホンも押さずに無一郎の家のドアを開けると、目を丸くした無一郎が迎えてくれた。無一郎は驚いた様子だったが、私の顔を見るとすぐに用件を察したようだった。

「約束を破って、忘れててごめん。ずっと好きでいてくれてありがとう。今度こそ、私と付き合って。無一郎」

無一郎は小さく笑うと、「遅いんだよ」とまたあの悪戯な顔で笑った。知らない期間が、すれ違っていた時間が沢山ある。今度は前世のことを聞いてはいけないなんてマナーはないのだから、たっぷりと聞かせてほしい。私が無一郎の手を握ると、無一郎がそっと小指を絡めた。これから先、何があってももう私は無一郎のことを忘れないだろう。