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言い訳をしてもいいだろうか。生まれは東の海、初めて喋った言葉は「ママ」、その他容姿・能力共に平凡な私は特別になる気など微塵もなかった。豊かではないものの、島の海と風を感じながら送るフーシャ村での生活は私に合っていたと思う。きっとこれからも私はこの島で生き、この島で結婚して、この島で死ぬものだと思っていた。そう、とある幼馴染が私を巻き込むまでは。

「じゃあルフィ、元気でね」

曲がりなりにも昔からの親友である。多少の感傷を抱きながら海の上のルフィへ言うと、ルフィは「おう!」と元気よく返事をした。そして自慢の伸びる腕を私の体に巻き付け、自身の立つボートの中へと着地させた。

「……は?」

ルフィを島で見送るはずだったが、何故か今では反対に島を見上げている。

「みんな、じゃあな!」

そう言って船を進めたルフィを私は勢いよく蹴り飛ばした。勿論海に落ちる音はしなかったが、その代わりに島の人の笑い声が響いた。この様子だと島の皆はルフィと共犯だ。世界一周したら絶対にクレームを付けてやるので覚えていてほしい。


と、今やすっかり海賊になってしまった私であるが、流石にこの状況は耐えられなかった。体を包むのは凍てつくような氷の海で、頭上からは絶え間なく雪が吹き付ける。

「も、もう無理……!」
「諦めるな名前!」

そう言うルフィもとっくに溺れていた。全ての元凶であるこの男を横目に見ながら、私は鈍い頭を巡らせる。そもそも私は、この島に上陸することに反対だったのだ。燃え盛る大地と凍てつく氷原とは何だ。冬島か夏島かもわかりやしない。いや、この島を軽く探索した結果から言えば夏島でも冬島でもないだろう。こんなに暑い夏島は知らないし、こんなに寒い冬島は知らない。とにかく寒い。本当に、このままでは凍え死んでしまうくらいに寒い。

重い手足を動かすことをやめると、体は重力に従って沈んでいった。このまま私は死ぬのだろうか。未来の海賊王のクルーだったはずが、随分呆気ない死に方だ。次この悪魔の実を食べる人はもっと有効活用してあげてほしい。意識を手放そうとした時、唐突にみんなの大声に叩き起こされた。

「ブルック〜〜!」

よくわからないが、私達は助かるらしい。湖から救助されながらそう考えた。氷水から脱し、能力も体も自由に使えるようになった私のすることは一つ。

「暖かそうな服……!」

と殺気立つみんなを応援することである。


「いや〜〜あったかあったか」
「お前何もしてねェだろうが」

無事コートを分け与えてもらい、暖を得た私達はケンタウロスの背の上で談笑していた。つまりは敵をぶっ飛ばして馬車代わりに使っているのである。ヤバい一味に来てしまった。

「おれは動けない能力者共を抱えて泳いだからなァ〜〜」
「ふふ、ありがとうウソップ」
「毎回お世話になっております」
「ありがとな!」
「感謝しやがれカナヅチ共!」

私やナミと同じくビビり組であるウソップだが、こういう時には人一倍心強い。水を前にした私達能力者は無力だ。何なら悪魔の実なんて食べなければよかった、と言おうとして私は口を噤んだ。ルフィの異変に気が付いたのだ。

「どうしたの? ルフィ」

ルフィは何でもすぐに顔に出る。だが、遠くを見ながら一人で顔を綻ばせているのは流石に怖いものがある。

「ほら、アイツだよ! お前! お〜〜い!」
「名前忘れちゃったんだね」

進行方向へ手を振るルフィへ言うと、ルフィは少し考えた後顔を上げた。

「おれだ〜〜! ルフィだ! トラフォル……トラ男〜〜!」

一応は思い出せたようであるものの、フルネームとまではいかなかったのだろう。失礼だから人の名前はきちんと覚えるよう私は何度も言ったはずだが、これも二人の兄の影響だろうか。

などと呑気なことを考えていれば、目の前に広がった光景に私は絶句することとなる。そこには、ルフィの友人であるトラ男君と、何故かここにいる海軍が戦いを繰り広げていたのだ。しかもよく見てみればトラ男君が結構押している。正直私はどちらも応援する気にはなれない。

「ルフィ!とりあえず戻ろう!」
「おう!そうだトラ男! ちょっと聞きてェんだけど!」
「研究所の裏へ回れ……」

私の言葉に反応したルフィがトラ男君へ叫びかけ、ルフィの言葉に反応したトラ男君がふとこちらを向いた。一面の銀世界の中で、彼の瞳の黒はよく映えていた。

「……また後で会うだろう」

そう言って目を逸らす前の一瞬、私と真っ直ぐにかちあった瞳が見開かれたのは気のせいだろうか。雪の上に僅かな違和感を残して、私達は彼の指定する場所へと向かった。