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「なんか最近おもろいことないなぁ……」

カウンター席に座りながら、私はおにぎり宮の店内を見渡した。治は意外とセンスがいいようで、店内は和とモダンが入り混じったコンセプトにまとめられている。治が店を出すと聞いた時は驚いたものだが、治の食べ物への情熱を考えれば肯けた。初めは高校の部活仲間がやっているからと訪れていたものの、次第におにぎり宮の味に惹かれるようになった。今ではすっかり常連である。こうして週末にカウンター席でクダを巻いているのも治にとっては見慣れた光景なのだろう。治は明日の準備をしつつ、記憶をなぞるように上を向いた。

「そういえばウチに米提供しよる農家と会わなあかんねんけど、俺行けそうにないねん。暇なら代わりに行ってくれん?」
「何やそれ。私がおにぎり宮店主ですって言えるわけないやん」
「お前店主ばりに毎日店来とるやん」

そう言われれば私は返す言葉がなかった。実際に暇だし、聞いてみれば面白い事のように思えた。「まあ、行ってやらんこともないわ」私がそう言うと、サービスだろうおにぎりと一緒に地図が差し出された。

「頼むわ」

こうして私は米農家「北」へ向かうことになったのだった。


北家は私の家やおにぎり宮からは電車で三十分程の土地にあった。社会人の大多数が店や会社に勤めているが、農家というのは自宅でできるのだから少し羨ましい。約束の時間に私がインターホンを押すと、その人は私の背後から作業着姿で現れた。

「ここまでお疲れさん。茶出すから上がり」

私は彼との距離を測りながら居間に上り、温かい茶を飲む。治と話していた時はなんだか面白そうだと思ったものの、実際に来てみれば困り果ててしまった。私は今おにぎり宮の店員としてここに来ているが、当然ながら素人の私におにぎりやお米の詳しい話はできない。今回の来訪の目的は言わば「クライアントとの仲を保つ」というようなふわっとしたものなので、私ではどうしたらいいのかわからない。落ち着きなく何度もお茶を飲んでいると、向かいの彼が静かに口を開いた。

「最近はどうや。元気にしとるか」
「えっ? あ、治なら元気です」

そう言って私はまた茶を一口飲む。今の私は、北さんが苦手だった。高校で二年間付き合っていたが、結局進路が散り散りになる形で別れてしまった。元気にやっていればいいと思うものの、やはり直接会うとなると気まずさを感じる。もしかしたら今の「元気にしているか」という質問も私に向けたものだったのだろうか。いやそんなことはないだろうと思いながら私は茶を飲んだ。治に地図を出された時から、まさかとは思っていたのだ。しかし実際に来てみれば、本当に私が頭に浮かべていた通りの「北」さんだった。今日はなるべく早く帰ろうと思いながら私は正座の足を弄る。北さんは本当に治のことが気がかりだったのか、「そうか」と言って笑っていた。

「おにぎり宮は繁盛しとんのか」
「おかげさまで」
「そか、米提供しとる身としてはこうして話が聞けると嬉しいわ」

北さんがあまりにも農家の顔をするものだから、意識している私がなんだか馬鹿らしくなってしまった。私と北さんはとうに終わっているのだ。再会したくらいでどうにかなると思っている私が浮かれていたのかもしれない。

「また定期報告、来てくれるか」

そう言った北さんに、私は落ち着いた声色で「いいですよ」と言ったのだった。