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大学卒業を機に、私は就職先の会社近くに一人暮らしをすることにした。就職活動に精を出したおかげか私の会社は東京の一等地にあり、その近辺に住むとなれば私の月給で住める物件は限られてくる。築十年、一応バスとトイレは別のアパートに決めて暮らすこと数ヶ月、私は思わぬ出会いをした。

「影山君?」
「ども」

アパートへと帰る道で一緒になったのは、烏野高校バレー部で二年間を共にした影山君だったのだ。当時から才能を思うがままに発揮していた彼は当然スカウトの目に留まり、高校卒業後プロとして活躍していると聞いた。時期は違えども上京した者同士でいつか集まりたいと思っていたが、再会は想像以上に早かったようだ。

思わぬ偶然に感激する私とは違い、影山君はまるで当時と変わらないように挨拶をする。たかが部活の先輩、それもマネージャーなんてそんなものだろうかと思いつつ、私は影山君と帰路を共にすることにした。

「影山君、この辺に住んでるんだ」
「そっスね、部屋とかはチームの人とかにも決めてもらいました」

バレー以外興味のない影山君のことだから、彼に任せてはとんでもない物件を拾ってきてしまいそうだ。私は苦笑いしつつ、アパートへ向かうまでの細かい道までも同じであることに驚いていた。

「もう私着くけど、影山君もこの辺?」

一応昼間ではあるが、女性なら送っていかなければならないといらない気を遣わせてしまっただろうか。私が尋ねると、影山君はこの辺りでも一番高いマンションを指差して言った。

「俺あそこです」
「そ、そっか……」

とても私の給料では住めないマンションに、私は思わず口を噤む。影山君はチームの中でも活躍していると聞いた。そりゃあ高層マンションにだって住めるだろう。それに対して私は、不動産屋で散々粘った末に決めた安アパートだ。とても影山君に言えたものではない。

「この辺なんですよね? 苗字さん、どこっスか」
「いや、それは……」

私はなんとか誤魔化そうと目を逸らす。もう既に私のアパートは眼前まで迫っているが、この調子ではとても入れそうにない。遠回りして帰ろうかと思った時、人のいい大家さんがジョウロ片手にこちらを振り向いた。

「苗字さん、こんにちは。おかえりなさい」
「こ、こんにちは……」

これはもう言い逃れできなくなってしまった。隣の影山君のことすら見られずにいると、斜め上から「ここなんスね」と言う声が聞こえた。大家さんには悪いが、穴があったら入りたい気分だ。

「お互い色々、頑張ろうね!」

自棄になった私は適当な別れの挨拶を告げてアパートへと走り出した。もう影山君にはとうに住処がバレているのだ。笑いたければ笑えばいい。後ろの方で、影山君が「オッス」と言うのが聞こえた。