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影山君との再会は思ったより早かった。とある晩呼び鈴を鳴らされてドアを開けると、そこにいたのは影山君だったのだ。一応一人暮らしの女として、夜ドアを開けたら二メートル近い男が立っているのは恐怖だ。私の口から真っ先に出てきたのは「何で」だった。

「すんません、オートロックなのに鍵忘れて、財布も持ってなくて。水一杯だけでいいんでくれませんか」

影山選手ともあろうものが、現代の罠に引っかかって自動販売機で水一本も買えない状況らしい。この辺りで頼れるのは私以外にいないようだし、後輩が困っているのなら私は手を差し伸べたい。とりあえず私は影山君を家に上げ、麦茶をコップに注いで出した。念のため食事もいるか聞くと「いいんスか」とのことだったので今日の余りの分を与えることにした。

ただでさえこんな狭いアパートに影山君を入れるのはいたたまれないのだ。食事をご馳走することになるのならもっと派手な物を作ればよかったと、フライパンの中の炒め物を見ながら思った。

スポーツ選手として食事には気を遣っているだろうし、私の作った物で口に合うかと不安だったが影山君はあっという間に完食してしまった。余程お腹が空いていたのだろうか。きちんと食前・食後の挨拶をし、皿洗いまで申し出るところが彼らしいと思う。影山君が食事するところを呆然と見つめていた私は、今度はキッチンに立つ影山君の後ろ姿を見つめた。

「影山君は自炊とか、するの?」
「家にいる時はできるだけします。でもトレーナーの飯を食うことが多いです」
「へえ……」

約四年ぶりのまともな会話だというのに、私はろくな話題も振れない。あれから烏野はどうなったとか、プロとしては上手く行っているのかとか、聞きたいことは沢山ある。でも、ただのマネージャーとして二年間共に過ごしただけの私ではどこまで踏み込んでいいのか計りかねていた。再び沈黙が訪れた後、先に口を開いたのは影山君の方だった。

「苗字さんは自炊してるんスよね」
「え? ああ、うん。外食だと高くつくからね」

高給取りの影山君は食費を抑えようとはあまり意識していないだろうし、体が商品である身として外食しようとも考えていないだろう。四年前はあれだけ近くにいたのに、つくづく影山君が遠くに行ってしまったと感じる。だからと言って感傷や寂しさを抱くほど、私と影山君の仲は深いものではなかったのだけど。

「なんか、合宿で苗字さん達に飯作ってもらったこと思い出しました。美味かったっス」

影山君が急にそんなことを言うものだから、私は呆気に取られてしまった。遠い存在だとばかり思っていた影山君も、当然ながら烏野でのことを覚えているのだ。「美味かった」というのが当時の私の作ったご飯なのか今日の炒め物なのかは分からないけれど、私は素直に「ありがとう」と言った。

「マンションの管理人さんと連絡つきました。入れてくれるみたいです。世話になりました」

玄関前で頭を下げる影山君に両手を振って、私は影山君が見えなくなるまで見送る。私の中の日常に、突然非日常が舞い込んできた日だった。