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目が覚めた時、ああやってしまったと思った。私の視界に広がるのは知らない部屋の天井だし、今の私は下着以外何も身に着けていない状態で、知らないベッドに横たわっている。やや散らかっている部屋からは、男性用の香水の匂いも少しする。久しぶりに高校時代のメンバーで飲む機会だからとはめを外しすぎた。もう社会人にもなるというのに、どうしてこんな大学生のような飲み方をしてしまったのだろう。私は思わず手で顔を覆った。これで相手が適当にナンパでもしてきた知らない男ならまだいい。万が一飲み会のメンバー、高校時代の同期と一夜を共に過ごそうものなら私は消えてなくなりたい。絶望する私の元に、ひたり、ひたりと足音が近付いた。どうか知らない人であってくれと願った私はその人物を見て絶望することになる。そこにいたのは、高校時代の同期・宮侑だったのだ。

「起きたか。気分どうや」
「最悪や……」

侑が一晩過ごした相手には優しく「気分はどうか」と聞くことなど知りたくなかった。いや、正確には夢見たことはあるのだけれど、こんな状況で知りたくなかった。

「私と侑、どうなってん?」

私が指の隙間から侑を見ながら侑を見ると、侑は何が楽しいのかニタリと笑いながら言った。

「昨日は楽しませてもらったで。俺と名前、もう恋人同士やもんな」
「ほんまか⁉」

侑の言葉に私が思わず反応すると、侑は押され気味に「お、おう」と言った。途端に私の中の絶望が甘い期待に変わり始める。私は高校時代侑のことが好きだった。結局告白することも付き合うこともなかったし、別の男と付き合うこともしたが、侑が私の特別であることには変わりないのだ。最悪だと思っているのに、こんな形で始まりたくはなかったのに、結果的に喜んでいる自分がいる。

「そんなら私、今日から侑の彼女やねんな……」

とにかく自分が侑の彼女だという現実に押されて、私は侑の表情なんて見ていなかった。これから薔薇色の日々が始まるものだと思っていた。


「……っていうのが、今日の出来事や」

その晩、侑は居酒屋にて焼き鳥に噛り付きながら語った。アスリートとして二日連続で飲むことは避けたいが、今回ばかりは仕方ない。向かいにいた角名は、案の定「うわあ」と言って引いた表情をした。

「昨日苗字が酔い潰れたから侑が介抱してたけど、結局何もなかったんでしょ? 騙してるだけじゃん」
「酔っ払った名前が水たまりに突っ込んだからしゃあなく服脱がせて、洗濯して、ベッドに寝かせてただけや。後はアイツが勝手に勘違いしたんや」
「でも恋人同士だって言ったんでしょ?」
「冗談やんけ!」

角名は納得がいかないという表情で枝豆を食べる。確かに先に勘違いしたのは名前だ。状況的にもそう思っておかしくなかったかもしれない。だが、そこに侑の言う「冗談」が加われば疑惑を確信に変えるのも自然だろう。

「ていうか、誤解されたんなら違うって言えばいいじゃん。何で否定しないの?」
「そら、名前があんまりにも嬉しそうな顔するもんやから、言い出しづらかったっちゅーか、可愛かったっちゅーか……」

角名はジトリと侑を見る。要するに侑は、ネタバラシをして名前を失うよりも騙したままにしておいて名前を手元に留めておきたいのだ。たとえ名前が、既に侑とセックスをし正式に付き合っていると誤解したままでも。

「苗字のこと、好きなんでしょ?」
「好きやなかったら勘違いさせたまま付き合ってへんわ……」

机に突っ伏す侑を見て、角名は「ずるいなぁ」と呟いた。