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六限目を終えて帰り支度をすると、既に教室の出入り口に実弥が立っていた。慌てて教科書を鞄に詰める私の気持ちを見透かしたかのように「急がなくていい」と言う。目立つ場所に立つ実弥のことをクラスメイトがからかい半分、羨望半分という目で見ていた。最初は居心地の悪かったそれも、今では気持ちいい、と思う。私が支度を終えて実弥の隣に並ぶと、実弥は自然と手を繋いで歩き出した。

「もうすぐ夏休みだなァ」
「そうだね」

真上から照り付ける日差しは強く、熱い。まるで私ごと燃やしてしまおうとしているみたいだ。校門脇の木に止まっている油蝉が低く鳴いた。

「ったく、この時代の夏は暑すぎるぜ」

私はさりげなく周囲に人がいないことを確認する。幸い放課後になったばかりの校門前は人が疎らで、皆お喋りに夢中になっているようだった。

「今日もクーラー入れるから、実弥うちに来ていいよ」

すると実弥が「悪ィな」と言う。私はそれに首を振る。私達の目の前を、派手な街宣車が通った。

私が現代に転生したと気付いたのは物心ついた時だった。大正時代の風景が、記憶が、ただの夢とは思えない程に私の中に焼き付いていたのだ。奇妙なことも起こるものだと思っていたが、現実はさらに上を行った。高校に入学し、前世の知り合いである実弥と再会したのだ。私はどうしたらいいかわからなかったが、「今世でも付き合ってほしい」という実弥に素直に頷いた。こうして私達は再会すると同時に恋人となったのである。

電車で三駅の私の家に着くと、実弥はベッドの脇に鞄を下ろした。家族が多く、家での仕事もある実弥はうちで課題や試験勉強をすることが多い。私は何も迷惑だと思っていないし、実弥と家で過ごす時間を気に入っている。実弥は申し訳程度にテキストを開くこともせず、私を引き寄せた。

「名前……」

私の胸が実弥の胸に触れて、二人の体温が共有される。至近距離で見つめ合ってから、私達はキスをした。角度を変え、舌を入れて何度も。水音と荒い息の音を聞きながら私は目を開けた。キスをしている時、実弥は決まって言う。

「今世でも会えてよかったァ……」

実弥の目も薄く開いて、私達の視線が絡み合った。私は指でそっと実弥の瞼を閉じた。実弥が見ているのは私ではない。実弥が前世で付き合っていた別の女の人なのだ。けれども彼女を私だと勘違いした実弥に真実を伝えないまま恋仲に甘んじている。実弥から注がれる愛が全て私に向けられたものではないとしても、この溶けてしまいそうな愛情に溺れていたいのだ。