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今世で初めて出会った時、私は不死川さん、と言おうとした。前世での私と実弥の間柄は柱と継子だった。実力でも経験でも私は実弥に及ばなかったし、多くは語らずとも稽古をつけてくれる実弥のことを私は尊敬していた。一緒に任務に行ったり、任務帰りに菓子屋に寄ることもあった。私が実弥に向ける感情の中に恋慕が入っていると気付いた後も、私の行動は変わらなかった。いつも実弥の後をついて回る私の気持ちを実弥はもしかしたら気付いていたのかもしれない。でも、少なくとも継子として可愛く思ってくれていたのは事実だろう。実弥は私に恋人を紹介して、「人に言うのは初めてだァ」とどこか恥ずかしそうにしていた。彼女は美乃さんといった。私は刀なんて握ったこともなさそうな美乃さんの白い手を見ながら、どうしてこうなってしまったのだろうと思った。後から美乃さんと実弥はお見合いをした後に意気投合し、恋人や伴侶を作らないと決めていた実弥も自分の殻を破ったのだと知った。

別に転生した後も必死になって探すほど実弥のことを諦めきれなかったわけではない。ただ、再会した時に彼女の姿がないのを見て好機だ、と思った。その瞬間に実弥は嬉しそうな顔をして言ったのである。「美乃、会いたかった」と。私の頭は働くことをやめて、何が何だかわからなくなった。ただ目の前の実弥の嬉しそうな顔は、私がさせているのではないと思った。「今世でも付き合ってくれ」。そう言った実弥に、私は初めて実弥の下の名前を呼んだ。まるで美乃さんがしていたように。実弥は嘘をつかれているなんて知らないまま、美乃さんではない人と恋人になってしまったのだ。

実弥と付き合う内に、実弥は前世の記憶が所々抜けていることがわかった。でなければ私を美乃さんと間違えたりしないだろう。実弥も私の名前は転生をした時に変わってしまったものだと思っているらしかった。逆に言えば、前世での私のことは綺麗さっぱり忘れているのだ。仮に私が本当は苗字名前だと告げたところで実弥に心当たりがないのは僥倖なのだろうか。いずれにせよ、私は前世の実弥にとって美乃さん以下の存在であるという当然のことを、私はまたしても知らしめられたのだった。

「美乃……」

私の上で動きながら、実弥は美乃さんの名前を呼んだ。

「もう、その名前はやめて」

自分は美乃さんにかこつけて実弥を下の名前で呼んでいるくせに、美乃さんの名前で呼ばれるのを拒否する。面の皮が厚いにも程があるだろうか。だが面の皮が厚くなければ他人のふりなんてしないのだ。そうして膨れ上がった面の下で、私は泣いている。