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そんな帰り方をしたからだろうか。翌日から実弥とはどこか気まずくなった。朝も一緒に登校しないし、昼も一緒に弁当を食べなかった。このまま自然消滅してしまうんだろうかなんて考えていた時、実弥が教室に来て「一緒に帰んぞ」と言った。思わず私は頷いたけれど、待っているのはきっと別れ話だろうと思った。

実弥は教室から校門まで何も発することなく、校門を出たところで初めて口を開いた。

「昨日お前が帰った後、二人で話した」

誰かは言わなくともわかる。美乃さんだ。そこで実弥は美乃さんの口から彼女が本物の美乃さんであることを聞いたことだろう。美乃さんは正しいことしかしていないのに、何故か美乃さんが酷く嫌な女に思えた。この感覚は覚えがある。前世で実弥と美乃さんが恋仲になった時、美乃さんに抱いていた気持ちと同じだ。

「全部聞いたんでしょ。……私のこと軽蔑した?」

実弥がそんなことを言うはずないと思っていても、今の私には自嘲するほかなかった。実弥は案の定頷かなかったが、予想外のことを口にした。

「いや、お前が美乃じゃねェってことは美乃に会う前からわかってた。俺と美乃は、美乃から好きになったんじゃねェ。俺から好きになったんだ」

呆然と実弥を見上げながら、そういえば私から好きになったと言ったことを思い出した。だがそれは前世で苗字名前から好きになったという話で、美乃さんの話ではなかったのだ。確かに実弥から好きになったという話を実弥から私に話すのは照れがあるだろう。

「お前のことはそん時思い出した。美乃とは、思い出話をしただけだ」

遂に実弥は私のことを思い出したらしい。嬉しいような悲しいような、複雑な気持ちだ。とにもかくにもこれで私は美乃さんの皮を被ることはできなくなってしまった。私と実弥の仲も、これで終わりだ。

「今まで騙しててごめんね。ありがとう、実弥」

すると私の言葉に被せるように実弥が言った。

「忘れてて悪かった」

私は思わず言葉を失う。誰がどう見たって、非があるのは私の方で、実弥は何も悪くないのだ。なのにどうして、実弥は謝っているのだろう。

「お前は美乃と同じくらい大事だった。なのに忘れたりして、悪かった」

私の頬を涙が伝った。それは悲しみの涙でも、嬉しさの涙でもあった。美乃さんと同じくらい大事だと言われるのは嬉しいようで、それでも恋仲にはなれなかった前世の私とは何だったのだろうと思ってしまう。そして、この状況でも謝ろうとする実弥のこれからの人生に私は酷く同情する。

「私はこれからも実弥のそばにいていいの?」
「騙すくらい好きなんだろォ。最後まで好きでいろ」
「ほんとに? 捨てたりしない?」

往生際の悪い私を実弥は笑ったりせず、至って真剣に答えてくれた。実弥はそういう真面目な奴だと、私は知っていた。

「最初に付き合ってくれって言ったのは俺だし、嘘ついてようが何年も一緒にいたのは事実だろ。そんな奴を捨てたりしねェよ」

ああ、私が好きになった不死川実弥という人は、どうしようもないくらい優しくて、損をする人だった。だから私のような人間に付け込まれてしまうのだ。それでもこのどうしようもない人を幸せにしたいと思ったのは、私ではなかったか。

「好きです、不死川さん……」
「知ってる」

二〇二〇年夏、およそ百年越しに私の恋は叶った。なんとしつこい初恋だと、私は笑った。