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それからの実弥はご機嫌だった。自分が愛されていると知るのが余程嬉しいのだろう。私も転生して実弥と付き合ってから精一杯愛してきたつもりであるが、転生後は私の勝手な演技なのに対し実弥から聞いた前世での美乃さんの話は本物である。やはり本人もあずかり知らない所で気付いてしまうのだ。それが私を焦らせるような、安心させるような気がした。

いつか私が美乃さんではなく実弥の忘れている苗字名前だと打ち明けたら、実弥は私を愛してくれるだろうか。義理堅い実弥のことだから、嘘つきなどと言って突き放すような真似はしないだろう。付き合わせてしまって悪かったと言って立ち去るのかもしれない。だがそれが一番私を惨めにさせると実弥は知らないのだろう。いくら私が考えてみたところで、実際にやってみなければ机上の空論にすぎないが。

「何だよそんな顔してェ」

余程考え込んでいたのか、気付けば実弥が私の顔を覗き込んでいた。実弥を騙し続ける方法を考えていたなど口が裂けても言えない。私はまた歩き出すと、「実弥のこと」と言った。

「俺そんなに悩ませるようなことしたかァ」
「実弥の行動に関わらず女の子は悩むものなの」
「じゃあ俺にどうしろってんだァ」
「どうもしなくていいよ」

私の隣を歩きながら実弥は不満そうな顔をする。いつでも私の――美乃さんの――役に立ちたいのが実弥だから、何もできないのがもどかしいのだろう。だが恋愛ばかりは実弥の理論通りには行かないのだ。現に恋愛は数多の天才達を悩ませているのだから。

「恋愛ばかりは何が起こるかわかんないよ。実弥のことだって、私から好きになったんだから」

そう言って私が前を向いた時、とある人物が目に入った。近くの女子高の生徒数人だ。だがその中でも一番綺麗で育ちの良さそうな彼女に、私は釘付けになっていた。美乃さんだ。私は直感的にそう思った。顔だけではない。醸し出す雰囲気や所作がそう感じさせるのだ。私がじっと美乃さんを見ていると、美乃さんもこちらを向いた。美乃さんは私と実弥を順番に見た後目を丸くし、その場に立ち止まって友達に不思議がられていた。

遂に、この時が来てしまった。実弥も私も悲鳴嶼さんも転生していて美乃さんだけあの時代に置き去りということはない。美乃さんも転生していたのだ。そして実弥と出会ってしまった。実弥の転生したせいで名前や顔が変わってしまったなどという思い込みも本物の美乃さんを見ればすぐに解けるだろう。とにかくこの場にいられなくなって、私は「帰る!」と叫んで走り出したのだった。