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去年同じクラスだった治に呼び出しを食らった。何も心当たりはないが、強いて挙げるなら治が間違って私のシャープペンやノートを持ち帰っていたとか、貸した金を返すとかだ。治にお金を貸した覚えはないのだけど、あの治が昼休みに食事の時間を削ってまで呼び出すのだから重大な出来事なのだと思う。頭の八割が食べ物とバレーで構成されていそうな男にとっての大事なこととは何か、想像もつかないけれど。

私が指定の空き教室のドアを開けると、治は窓際の席に座って外を眺めていた。私に気付いて目線がこちらに注がれる。たったそれだけのことで何故か緊張してしまう。この場所に治の大好きな食べ物を持ち込んでいないというだけではない。今日の治は、どこか普段と違う雰囲気があると思うのだ。それも、見た者を黙らせてしまうような圧倒的な雰囲気が。

「来てくれてありがとな」
「いや、別に。ええよ」

私は治とどう喋っていただろうか。たった数ヶ月前のことなのに思い出せない。私は本当にこの人の隣で何か月も生活していたのだろうか?

「今日の話なんやけど」

治が私と目を合わせる。私の息が止まる。

「俺、苗字のことが好きやねん」
「え……」

私の心に、温かいような、擽ったいような感情が広がる。治は、私のことを好きだったのか。道理で昼ご飯を食べる時間も惜しんで空き教室に呼び出すわけだと、混乱した頭の奥で密かに納得がいった。治はそんな素振りを微塵も見せなかった気がするけど、一体いつから好きだったのだろう。私は治に悪いことをしていないだろうか。

「苗字がよければ、付き合ってほしい」

治はそう言って私の言葉を待った。私は冷静に考える。治はクラスの中でも中心にいる、いわゆる陽キャラだ。顔も整っていると思う。女子に人気があるのも知っている。この状況は、学校の大半の女子にとって夢のような展開なのだろう。それでも私の答えは最初から決まっていた。

「ごめん、治とは付き合えん」

一年の頃、治と過ごして楽しかった。けれどそれはあくまで友達としての話だ。私は治を、友達としてしか見られないと思う。

「好きな奴おるん?」
「おらんけど、そういうことやなくて……」
「じゃあ苗字に好きな人ができてそいつが告白してくるまで一生彼氏作らんのか?」
「別にそうやないけど……」

初めはただ気になって聞いているのかと思ったが、治は完全に私を追い詰めるような口調になった。治はそんなに私のことが好きだったのだろうか。というか、治がここまで諦めが悪いとは思わなかった。

「それじゃあ一ヶ月以内に苗字に好きな人ができんかったら俺と付き合って」
「いや何やそれ!」

私からしたら暴論でしかない言葉を残し、治は教室の出口へと向かう。「じゃあ」と言って出て行く治に、私は呆然として何も言い返すことができなかった。こうして私は好きな人を作るか、治と付き合うかの二択になってしまったのである。