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苗字さんに言った通り、今日の試合に向けてコンディションは確実に整っていた。そして今日は苗字さんが観に来る日でもある。父がバレーに投資しているのは知っていたが、バレーを観るのは初めて出会ったあの日が最初であったらしい。苗字さんが生で観る、二回目の試合。録画をいくつか観たらしいが、やはり会場でバレーの雰囲気全体を味わってほしい。影山は気合を入れてコートへと入った。

一人の選手として、試合中に余計なことは考えない。それはたとえ苗字さんと結婚するようなことがあっても同じだ。ファンの人も来てくれるのはありがたいが、試合中は目に入らない。テープやモールで飾られたうちわに試合後驚くくらいだ。影山は集中して試合を終え、バレーモードのままファンとの交流の時間になった。

「連勝おめでとうございます! 影山選手のファンです!」
「あざす」
「影山選手応援してます! 長野から来ました!」
「あざす」

菅原にアドバイスを貰ったのに、結局いつも通りの言葉しか言えない。ファンの人と交流することは嬉しいのに、影山の目はただ一人を探していた。どこだ。苗字さんは、どこにいる。

結局、苗字さんがやってきたのは一番最後だった。スポンサーは基本ファン優先であるらしい。苗字さんはお手製のうちわこそ持っていなかったが、影山の名前と背番号の入ったスポーツタオルを持っていたので微笑ましくなった。それはスポンサーとして貰ったのだろうか。それともわざわざ売店に並んで買ったのだろうか。苗字さんのことだから買ったのだろう。影山は差し出されたスポーツタオルにサインを書くと、苗字さんに差し出した。

「おめでとうございます。影山選手、素晴らしい活躍でしたね」

あの日と全く変わらない言葉に思わず笑い出しそうになる。しかし影山も笑みを抑えて、あの日と変わらない言葉を、しかし内容を伴って言った。

「俺も好きです」

そう言った途端、周囲にいた人々がこちらを向くのがわかった。後から聞いた話だが、この日はスポンサー会社の社長――つまり苗字さんの父親も観に来ていたらしい。影山の言葉に周りがざわつくのがなんだかデジャヴだ。現に昼神などは社長のご機嫌取りに行っている。そんな所まであの日と被る。この試合会場の小さな人だかりの中心で、影山と苗字さんだけがこの言葉の意味を知っていた。