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次の約束は影山から誘った。影山が好きになるために会うのに、苗字さんから誘わせるのでは悪いからだ。影山の選ぶレストランではまず苗字さんの舌を満足させられないので、喫茶店を選ぶことにした。「喫茶店 おしゃれ」で検索したら最上位に出てくる、都内の有名店。検索エンジンに賭けることにして、影山は待ち合わせ場所を喫茶店に指定した。

当日、影山が店に着くと苗字さんは既に席に座っていた。人気とだけあり店内は混んでいる。苗字さんと会う時はいつも個室だったことを思い出し顔色を窺うが、苗字さんはご機嫌なようだった。影山は安堵しながら席に着く。メニューを広げると、飾った文字でサンドイッチだのクッキーだのと書かれていた。完全に苗字さんに合わせていたから、影山の好みには合わなさそうだ。影山は一番量のありそうなスパゲティを注文すると、苗字さんはケーキを注文した。やはり女子だ。

「影山選手はどうですか、最近」
「調子はいいです。今度の試合に向けて整ってきてると思います。よかったら観に来てください」

正直にそう答えると何故だか苗字さんが笑い出した。不思議に思い見ていると、「今のはバレーのことじゃなくて影山選手の最近の出来事を聞いたんですよ」と教えてくれた。そういえば今はスポンサーではなく、一人の女性としての苗字さんであったはずだ。

「すいません」
「いいんですよ、別に。あ、来ました」

やはりスパゲティには時間がかかるのか、先に苗字さんのケーキが運ばれてきた。

「先に食べてていいですよ」
「すみません、では」

とは言ったものの、苗字さんが食べることに集中してしまうと影山は暇だ。そのことを察してか、苗字さんはケーキを一口大に切って影山の方に差し出した。

「一口食べますか?」
「やめてください、好きになりますよ」

あーんなんて、まるで恋人同士ではないか。苗字さんは驚いたように固まった後、小さな声で「やめません……」と言って影山の元へケーキを寄越した。その苗字さんが無性に可愛くて、影山は思わず口を開いてしまう。途端にクリームの味が口の中に広がって、甘いと思った。

「美味しいですか?」
「美味しいです」

好きになりそうと言ってケーキを受け入れた影山は、もう好きなのではないだろうか。影山も苗字さんも俯き、どことなく気まずい空気が流れた。それでもこの空間から出たくないと思う。その瞬間に実感した。影山は、苗字さんのことが好きだ。