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 「おれに好かれててよかったね」とは、どういう意味だろうか。勿論私のプレゼンがあまりにも下手すぎるせいで契約を打ち切られる危機にあったが、昔の知り合いということで事なきを得たということはわかっている。その「おれに好かれてて」の「好き」の部分は、昔の知り合いとして、人間としてという意味なのだろうか。通常ならばそう考えているだろう。彼はその前に、「おれが苗字さんと知り合いじゃなきゃ契約切ってたかも」と言ったのだ。男女でも、知り合いとして好いていることは何らおかしくない。しかし、私はもう一つの可能性を考えてしまうのだった。彼が言った好きとは、男女の意味――つまり、恋愛の好きなのではないのかと。

 今まで彼は何もその兆候を見せていない。何なら同じ部屋に寝たのに全く手を出さず朝まで寝ていたことだってある。それでもそう思ってしまうのは、私の願望によるものなのだろうか。私は、彼に好かれたいと思っている? 実力のない営業として、取引先に少しでも好かれたいと思っているのだろうか。確かに、営業にとって取引先に気に入られる以上のことはない。しかし彼は、たとえ相手に恋愛感情を持っていたとしてもそれを理由に態度が軟化するような人ではない。仕事とプライベートはしっかり分ける、社長としての彼はそんな印象だ。ならば何故、私は彼に好かれたいと思っているのだろう。

 家でだけ悩んでいればいいものを、私は彼の前でも考え込んでしまっていたらしい。名前を呼ばれてすぐに顔を上げる。そこから仕事の話をしていても、やはり気付いたら彼の顔を見てしまうのだった。

 不意に彼と目が合い、私は慌てて彼から目を逸らす。彼はそれを見逃さなかった。

「客と目が合ったのに無言で逸らすなんてダメだよ」
「はい……」

 またダメ出しをされてしまった。彼はもはや、取引先というより上司のようになっている。しかし私がなりたいのは、上司という仲ではないだろう。

 私は今度こそ彼から目を逸らさないまま、思ったことを呟いた。

「最近、弧爪社長が私を好きだと言ったのが、人間としてなのか、女としてなのか、悩んでしまうんです」

 後から私は取引先に何を言っているのだと頭を抱えることだろう。しかし私は言わずにはいられなかった。彼は満悦といった表情で笑っている。もしかしたら私が悩んでいることも全部、彼の思い通りなのかもしれない。

「じゃあ女として、この会社クビになってみる?」

 それが取引先と恋愛関係を持つという不祥事を指しているのだと理解した私は、そっと口を開いた。